しかし今日紹介するペンシルバニア大学からの論文が私にとっては最初のクモの糸についての論文で、その想像を超える複雑さに驚いた。おそらく研究人口が少ないため、論文を目にする機会がそう多くないのだろう。タイトルは「The Nephila clavipes genome highlights the diversity of spider silk genes and their complex expression(ジョロウグモのゲノム解読によりクモの糸の多様性と複雑な発現が明らかになった)」で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。
もともとこの研究グループがクモの巣に焦点を当てて研究していたのかどうか把握していないが、論文自体はジョロウグモの全ゲノム解読研究で、結果としてクモの最大の特徴である生糸を作るための遺伝子に焦点を当てて論文を構成している。生命誌研究館でも小田グループがクモの発生を活発に研究しており、クモゲノム研究が進んでいることは聞き知っていたが、一般的にクモの巣として知られる美しいネットを作るクモのゲノムはこの論文が初めてのようだ。
まずゲノムサイズが3.45Gと、人間なみに大きく、遺伝子数も14000存在している。ただ、詳しいゲノム情報はあまり議論されておらず、簡単なゲノムの説明の後直ちにクモが作っていると考えられる生糸(スピドロンと呼ばれている)のゲノム解析に移っている。
不勉強で、クモの糸は一種類のタンパク質でできているのかと思っていたが、驚くことにジョロウグモには少なくとも28種類のスピドロンの構造遺伝子が存在している。しかも最も小さなタンパク質は408アミノ酸、最も大きいものはなんと5939アミノ酸からなるタンパク質で、その配列は多様だ。
それぞれのスピドロンは49種類の繰り返し配列が合わさったもので、それぞれのグループの繰り返し配列自体も著しく多様化しており全部で394種類の異なる繰り返しユニットが特定されている。このうち260ユニットは複数のスピドロンタンパク質に分布している。
28種類のタンパク質はそれぞれの構造から、これまで明らかになっていた糸のタイプに分類でき、それぞれは粘着性があったり、結節を持っていたり、また今回新しく明らかになったスピドロンの中にはクモ毒に似たものまで存在する。これが本当に毒なら、糸にかかった途端に餌を殺すことまでできることになる。
要するに、一種類のクモが作るスピドロンは数十種類の基本ユニットを様々な割合で取り込んで作られており、異なる特性を持った20種類を越す生糸が作られているという結果だ。また、この構造の中に、新しいユニット構造を取り込んで、新しい機能が進化し続けている。
これも不勉強で知らなかったが、この複雑なスピドロンを紡ぐための7種類の器官が存在し、おそらく異なるタイプの糸が紡がれるらしいが、実際それぞれの器官を単離してスピドロン遺伝子の発現を調べると、一つの器官で複数のスピドロン遺伝子が発現している。さらに、クモ毒と思われる配列を持った遺伝子は、毒を作る器官で発現している。他にも、生糸の合成と無関係の組織で発現しているスピドロン遺伝子も存在するが、そこで何をしているのかも面白い課題だ。
話はこれだけで、確かにクモの糸がこれほど魅力に富む分子かということはわかったが、ゲノムの構造や、それぞれのスピドロンがゲノム上にどう分泌しているのか、そして何よりも、一本に見えるクモの糸がどのように作り分けられ使われているのかなどについては解説すらされておらずちょっと不満が残る。
各器官での遺伝子発現がこの研究で明らかになり、今後急速に解明が進むのではと期待する。
クモの糸を医療用素材に応用した北陸地方のベンチャー企業があります。学生時代からの研究の成果のようで、スポーツウェア企業とのコラボまで進んでいたようです。クモの糸のみならず、新素材は昆虫から学ぶ要素が多いようですね。生物は進化の過程で自らその機能を獲得している。何とも偉大です!
工学的方法もこの複雑性の秘密を解き明かすのに役立つように思います。
上記コメント
誤記があります失礼いたしました。
(誤)医療用 → (正)衣料用