一昨年培養細胞のミトコンドリア機能抑制をバイパスできる遺伝子変異をCRISPR/Cas9で大規模スクリーニングしてVHLと呼ばれる低酸素反応を抑える分子が欠損すると、ミトコンドリア機能異常をある程度回復できることを示した論文を紹介した。この論文の最後で、このグループはこの結果に基づき、ミトコンドリア病の中では最も重篤なリー症候群モデルマウスをなんと低酸素で治療できる可能性を示している。
今日紹介する論文はその続報で、同じリー症候群モデルマウスをより臨床に近い状況で治療する実験を行なった人間への応用のための前臨床実験だ。タイトルは「Hypoxia treatment reverses neurodegenerative disease in a mouse model of Leigh syndrome(リー症候群のマウスモデルで見られる神経変性は低酸素治療で正常化できる)」だ。
リー症候群は脳幹の灰白質が変性し、生後数年以内に呼吸障害で亡くなるミトコンドリア病で、70種類以上の遺伝子変異が特定されているが、このグループではミトコンドリア電子伝達系の主要遺伝子Ndufs4を欠損させたマウスをモデルとして使っている。このモデルでは50日を越す頃からマウスは死亡し始め、75日以上生存できない。このマウス生後30日から11%の酸素濃度で飼うと、平均生存期間が270日と大幅に改善する。重要なのは、脳の病理組織を250日目で調べると、細胞死がほとんど防げ、さらにこれをMRIでも確認できる。ただ、それでも左心室の機能の低下は完全に戻っていないため、20%程度の個体が、心不全に陥る。
では低酸素治療を常に受けなかければならないのか調べるため、1日10時間だけ低酸素にさらすグループを作ると、まったく効果がなくなることがはっきりした。11%の酸素は4000メートル級の高地に対応するので、次に臨床的にも到達可能な17%の酸素濃度で飼育する実験も行っているが、ほとんど治療効果はなかった。また、11%で飼育したマウスをもう一度正常酸素に戻すと、病気は再発するため、常に低酸素にいることが必要なことも分かった。
一方、発症前からではなく、脳症状が出る55日目から低酸素治療を行っても生存期間を伸ばすことができ、さらにMRIで見られる灰白質の病変も4週間で跡形もなく消え、病理学的にも死んだ細胞数を劇的に減らすことができることが明らかになった。
以上の結果から、ミトコンドリア病、少なくともリー症候群は持続的低酸素治療で病気の進行をほとんど留められることが分かった。今後、例えば4000メートルの高地に住む民族の調査、持続的低酸素を日常生活で可能にする技術、人間のリー症候群での至適酸素濃度の検討などが必要だが、臨床のセッテティングを予想して行われたこの研究は、患者さんとその家族にとっては大きな前進といえる。