ドーパミンは人や動物が何かをしようとする動機付けに必須の刺激因子で、その作用は多岐にわたり、大脳基底核内の神経ネットワークにしっかりと組み込まれている。パーキンソン病ではドーパミン分泌が上がると様々な障害が一過性に改善されることから、これに目が奪われ理解した気になるが、実際は大脳基底核内の神経ネットワーク解析が完全でないため、ドーパミン分泌が低下に起因する運動障害のメカニズムを完全に理解するには至っていない。
今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は大脳基底核内でドーパミンに反応する線条体のD2(ドーパミン受容体の一つ)細胞の支配を受け、ドーパミンを作る黒質神経細胞の活動を抑制する淡蒼球の活動を短期的に変化させることで、長期に運動障害を取り除くことができることを示した重要な研究でNature Neuroscience オンライン版に掲載された。タイトルは「Cell specific pallidal intervention induces long-lasting motor recovery in dopamine depleted mice (細胞特異的淡蒼球への介入はドーパミンを除去したマウスの運動機能を長期に改善させる)」だ。
これまで淡蒼球は複数の異なる機能を持つ神経細胞からできていることがわかっていた。この研究の目的は、ドーパミンを急に除去することで生じる運動障害を、ドーパミンではなく、淡蒼球神経の活動を制御することで改善できないかを調べることだ。
この研究を理解するために一つ頭に入れておく必要があるのは、線条体にはD1,D2と2種類のドーパミン反応性神経があり、D1は直接黒質細胞と結合、D2は淡蒼球を介して黒質と間接的に結合するネットワークができていることだ。
この研究では光遺伝学を用いて黒質を抑制している淡蒼球神経を全て活性化する実験を行い、淡蒼球全体が刺激されてもドーパミンの運動障害は改善しないことを示している。淡蒼球の神経細胞はparvalbumin(PV)発現細胞とLhx6発現細胞に分かれるので、次にPV細胞だけを刺激する実験を行うと、刺激を繰りかえすうちに、最初は刺激時のみに見られた運動障害改善が、刺激をやめても続くことがわかった。
PV神経を刺激すると、Lhx6神経細胞の活動が低下することに注目し、今度はLhx6神経細胞を抑制すると、同じように長期間持続する運動障害改善が見られる。
すなわち、淡蒼球全体が刺激されると何も変わらないが、PV神経とLhx6神経の活動バランスが変化すると、ドーパミンがなくとも運動機能の調節機構が正常化することがわかった。
解析は完全ではないが、おそらく淡蒼球での神経バランスの変化が、黒質神経細胞の異常興奮を抑制することで、運動機能が改善するのだろうと結論している。すなわち、ちょっと刺激を変化させると、黒質の異常興奮が収まり、あとはそのバランスが自発的に維持されることになる。少なくとも短期の刺激で、長期の効果が得られることを示したこの研究は、深部刺激の新しいあり方を示す重要な貢献だと言える
このモデルが、慢性的な人間のパーキンソン病での神経変化をどこまで反映しているのかはわからない。ただ、パーキンソン病をドーパミンだけで話を終わらすことが間違っていること、さらに今後光遺伝学で示されたような細胞特異的な神経刺激を用いることで、全く新しい治療法の開発が行える可能性のあることはよくわかった。
これと並行して、今回明らかになったサーキットで働く分子を明らかにすることで、パーキンソン病の新しい治療法の開発につなげて欲しいと期待する。