11月7日号のCell誌には他にも再生医学関係の論文が掲載されていた。朝日新聞の大岩さんは、Daleyのグループがlin28遺伝子導入マウスで示した再生増強について紹介していた(http://www.asahi.com/articles/TKY201311080004.html)。ただ、私から見るとlin28はES/iPSでも働いており、あまり新鮮味の感じられない論文だった。多分、Daley以外の研究室からだと、なかなか論文は通らないだろう。一方、ここで紹介する仕事は、少なくとも私に取っては新鮮で、いろんな事を考えさせられた。ワシントン大学のグループの研究で、「Injury-induced HDAC5 nuclear export is essential for axon regeneration (障害によって誘導されるHDAC5の核外への移行は神経軸索再生に必須だ)」と言うタイトルがついている。神経が障害を受けた後どのように再生が促されるかを調べた研究だ。神経再生シグナルについては、神経切断面からカルシウム濃度の波が神経の細胞体へと伝わり、再生の引き金が引かれる事が知られている。この仕事でもこの点が確認されており、このカルシウムの変化がPKCμというシグナル伝達分子に媒介される事も調べられている(実際にはリン酸化される)。まあここまでは新鮮味はない。新鮮なのは、このシグナルによって、ヒストン脱アセチル化酵素のうちの一つ(HDAC5)が特異的に核外に追いやられ、その結果染色体の構造が遺伝子発現の方向へ傾き、多くの再生遺伝子が発現すると言う後半の結果だ。HDACとは染色体に結合しているヒストンのアセチル基を外して、ヒストンとDNAの結合を高め、結果として遺伝子の発現を押さえる分子で、このヒストンを介する遺伝子発現調節機構をエピジェネティックスと言って現在最もホットな分野だ。この研究では、末梢からのシグナルがHDAC5の核からの排除と言う形で直接エピジェネティック過程に影響出来る事を示した。外界からのシグナルにより、染色体構造をグローバルに変化させる事が出来ると言う新しいメカニズムだ。様々なストレスで、細胞は様々な大きな変化を来す事が知られている。形質転換と呼ばれたり、あるいはリプログラムもそのうちだ。この研究の示した可能性は、将来これらの不思議な現象を説明する所に発展する気がした。