このような統計を見ると、収入が高いほど良い医療が受けられるため、寿命が伸びるのではと考えがちだ。我が国のように、国民皆保険が進んだ国は別として、米国をはじめ医療の質が収入によっても左右される国では、特にそう考えられる傾向がある。
しかし、医療に金をかけるほど寿命が本当に伸びるのかについて疑う専門家も多い。特に、米国のように保険のレベルによって高額医療が可能な国では、過剰医療が逆に寿命を縮めるのではという懸念が常に存在する。我が国でもしばしば問題になるが、早期発見を目指したガン検診が、治療の必要のないケースに対する過剰医療をうみ、健康を損なう可能性については現在も議論されている。たとえばイメージングで異常が発見される率は実際のガンの何倍にも上るだろうが、確定診断にはすべての人が医療の対象になってしまう。
今日紹介する米国ダートマス医療政策研究所からの論文は、過剰診断を生みやすいことが知られている乳がん、前立腺癌、甲状腺がん、メラノーマの4種類のガンを選び、ガンの発症率とこの4種類のガンによる死亡率を、平均所得が75000ドル以上の地域と、40000ドル以下の地域に分けて(ちなみに我が国の2016年の国民一人当たりの所得は約39000ドル)、1975年から比べた研究で6月8日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されていた。タイトルは「Income and cancer overdiagnosis—when too much care is harmfull(収入とガンの過剰診断:過剰治療が問題になる時)」だ。
この所得の線引きを見ていると、地域の所得格差が2倍近いことが米国では当たり前なのかと驚く。いずれにせよ結果は明瞭で、1975年から一貫して、高所得地域では4種類のガンの発症率が高く、調査が行われた最後の年ではなんと高所得地域の方が2倍に達している。もちろん、生活習慣による差も考えられるが、2倍の差を説明するにはやはり、高所得地域では診断率が上がってきたと考えるのが妥当だろう。
皮肉なのは、この4種類のガンによる死亡率の比較を見ると、高所得地域、低所得地域を問わず、死亡率は確実に下がっており、両者に差がないという結果になる。
この結果をどう解釈するかだが、まず医療は確実に前進しており、これらのガンの死亡率は低下していることは歓迎できる。しかし、診断率が上がったから死亡率が下がることはないということもわかる。以上のことから、著者らは必要のない過剰診断が医療費を上昇させていると結論している。更には、医師の給与の出来高制ではなく、サラリー型に変える可能性まで議論している。
ただ、この統計だけでそこまで議論していいかは疑問が残る。ガン治療の効果判定はあくまで治療による生存期間の延長により判断される。やはり一人一人の生存期間の結果などより詳しい統計がないと、個人としては納得いかない。
医療統計、特に国民医療費議論に関わる医療統計を見ていつも感じるのだが、見せる指標によりいくらでも結論を操作できる。このような論文を読むとそろそろ、社会も個人も双方が納得出来る統計のあり方を議論する必要があるように思った。