一方、これまでの研究のほとんどは古代人からホモサピエンスへのゲノムの流入で、多くのネアンデルタール人のゲノムが解読されても、ホモサピエンスからネアンデルタール人へのゲノム流入はほとんど痕跡が残っていない。ところが昨年ライプチッヒ・マックスプランク研究所から、シベリアアルタイ地方のネアンデルタール人には、ホモサピエンスのゲノム流入の跡が残っていることが発見された。
今日紹介する同じライプチッヒ・マックスプランク研究所からの論文は1930年代にドイツ南部で発掘されたネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが他のヨーロッパから出土するネアンデルタール人とは異なり、ホモサピエンスに近いことを示す研究でNature Communicationオンライン版に掲載された。タイトルは「Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals(古代人のミトコンドリアゲノムの大きな多様性はアフリカのホモサピエンスからネアンデルタール人への遺伝子流入が比較的新しく起こったことを示す)」だ。
論文では南ドイツから戦前に発掘され保存されていた大腿骨からDNAを取り出し、ミトコンドリアのゲノムの解読に成功している。古代DNA解読が進む現在では、当たり前のように聞こえる研究だが、実は博物館などに保存されている大腿骨のゲノム解析は、この骨を取り扱った人たちのDNAが混りこんで決して簡単でない。そのため、可能ならDNAが外界から守られている歯や耳骨のDNAが解析に用いられ、大腿骨は敬遠される。実際この研究でも、核内ゲノムの解読は難しいようで、まだまだ時間がかかると思われる。しかし、ミトコンドリアについてはなんとか解読し、これまで解読されたネアンデルタール、デニソーワなどの古代人や私たちホモサピエンスのミトコンドリアと比べている。
論文のほとんどは、このゲノム解析が信頼できるか、他の古代人との関係を調べるためのインフオーマティックスの適用などについて詳しく述べているが、すべて省いてズバリ著者らの主張だけを述べると、
「新しく解読したネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムは、これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きく違っており、20−30万年前に分かれており、アルタイのネアンデルタールに近縁だ。もっとも驚くのは、他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近いことで、おそらく20−40万年以前にアフリカで現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人部族に流入し、他とは異なる私たち現代人と母系を共有するネアンデルタール人系統を形成した。」が結論になる。
もちろん今後他のサンプルで、アルタイから南ドイツまでに同じネアンデルタール系統がさらに発見される必要がある。とはいえ、この結果はこれまで謎だったミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾を説明するとともに、ネアンデルタール人と一緒になったホモサピエンスの女性が、ネアンデルタール人の中で受け入れられ、子孫を残したことを示す重要な結果だと思う。さらにこのロマンが証明される証拠が発見されることを期待する。