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ネアンデルタール(5月16日号Natureの記事から)

2013年11月14日
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最近はフィリピンの台風や、国会重要法案などなど、報道しなければならないことが目白押しで、生命科学の話はメディアにあまり登場しない。個人的な研究紹介を続けよう。と言ってもいつか紹介したいと思っていた古い話になる。本年5月16日号NatureにOld Master(古い巨匠)と題のついたサイエンスライターTim Appenzeller による一種のトピックス紹介がでた。今日はこれを紹介する。昨年6月サイエンス誌に、Pikeさん達がEl Castilloにある洞穴で発見した絵が40000年前に書かれた世界最古の絵だと報告した事に端を発する論争だ。なぜこれがそんなに問題なのか?日本ではあまりネアンデルタール人のことは話題にならないが、ヨーロッパでは現在の人間がアフリカから移動してくるまで、唯一の先住民であり、今様々な理由から最も熱い視線が注がれている研究分野だ。これまで、現代人とネアンデルタール人を分かつ重要な考古学的違いが、絵画や装飾を創作する象徴的表現能力だとされてきた。即ち現存する絵画は全て現代人の先祖の手になるというのが通説だ。しかし、40000年(実際にはそれより古いと主張されている)以前に書かれた絵が存在すると、現代人はスペインに未だ移住しておらず(ヨーロッパで最も古い現代人は45000年前のイタリア)、この絵を描いたのはネアンデルタールと言う可能性が濃くなる。同じように、フランスのRenneの洞穴で見つかった動物の歯や骨で作られた装飾品と一緒に見つかった頭の骨がネアンデルタールに間違いないという論文によって、さらにネアンデルタール人が象徴的表現能力を持っていたとする考えが一定の支持を集めるようになってきた。勿論この解釈を皆がそのまま受け入れているわけではない。現在のところ、1)絵も装飾も実際には現代人が書いたもので年代測定が間違っていないとすると現代人がかなり古くからヨーロッパに進出していた、2)絵も装飾もネアンデルタール人の創作、3)ネアンデルタール人の創作だが現代人が教えた、の3種類の仮説が出され、議論の真っ最中だ。この記事はこんな現状を生き生きと紹介している。ではなぜ議論が熱くなるのか。それは今のところ、象徴的表現力が言語の使用と相関すると考えられているからだ。実際、言語がどのように生まれてきたかは21世紀の最も重要なテーマの一つだ。そして、ネアンデルタール人やデニソーバ人など現代人に最も近いホモサピエンスの研究がこの鍵になることも確かだ。そして最も重要な点は、ネアンデルタール人やデニソーバ人の全ゲノム解析が進んできたことだ。少なくとも欧米では、この後もこの分野は宇宙開発と並んで新聞紙面を賑わすことだろう。
   さて、ドイツ、ライプチッヒにはマックスプランク人類進化研究所があり、ここでは遺伝学から言語学まで、人間から類人猿を対象とする様々な分野の研究者が集まって人間の進化について研究を行っている。ネアンデルタール人もデニソーバ人も全ゲノム解析に関してはこの研究所が世界の中心だ。人間を研究するためには、様々な分野の研究者が有機的に集まることが重要だ。その意味で、この研究所は21世紀の新しい研究所のあり方を構造化できた意欲的な例だと思う。このぐらいの構想力が我が国で生まれるのはいつのことになるだろう。

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