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7月26日:もう一つのインプリンティング(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月26日
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発生後の体細胞で卵子由来の染色体と、精子由来の染色体で別々に調節される遺伝子はインプリンティング遺伝子と呼ばれ、胎盤を持つ哺乳動物特有の現象としてその発見以来長年にわたって研究されてきた。特に、様々な腫瘍でインプリンティングの異常が見つかってからは、発生学や進化学だけでなく、臨床医学でも重要なテーマとなってきている。メカニズムについては、もっぱらインプリンティング遺伝子の調節領域のDNAメチル化を介して起こっていると一般には信じられてきた(実際この論文を読むまで私もそう思っていた)。
   今日紹介するボストン小児病院からの論文は、発生の初期にDNAメチル化に依存しない新しいインプリンティングが、母側の染色体で起こっていることを示した論文でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal H3K27me3 controls DNA methylation-independent imprinting (母親由来のH3K27me3がDNAメチル化に依存しないインプリンティングをコントロールしている)」だ。
   染色体構造を少ない細胞数で調べることができるようになり、初期発生でのリプログラミングの研究は現在急速に進んでいる。この研究には、初期胚操作に手練れた研究者が必要で、私が現役の頃は我が国でも多くの研究者がひしめいていた。ただ、胚操作と染色体解析を組み合わせた研究が主流になってからは、我が国のアクティビティーは落ちている気がする。これに代わって、多くの中国人研究者がこの分野で活躍しているが、この研究もその一人Zhangさんの研究室からだが、筆頭著者は井上さんという日本人で(と思う)、伝統は守られているようだ。
   研究では人工授精させた後の精子由来の核と、卵子由来の核を分離し、DNaseIで切り出すことができる染色体の開いた箇所を調べる方法を用いて、開いている場所(DHS)の違いを、両方の染色体で比べ、母親由来の染色体(MC)および父親由来染色体(PC)にのみ見られる配列を特定している(DHSがMCだけに見られるということは、対応する遺伝子がPCではインプリンティングされていることをさす)。また、精子自体と、受精卵の精子由来核を比べ、予想どおり受精後急速にPCのクロマチン構造が開きつつある一方、MCでは変化がないことも確認している。すなわち、クロマチン構造の変化が、PCとMCで大きく異なることを示している。
   次に、受精後もMC側ののインプリント状態を維持されるメカニズムを調べ、DNAメチル化ではなく、H3ヒストンのメチル化により維持されていることを明らかにした。
   実験的に卵子から維持されるヒストンメチル化(H3K27me3)によるインプリント遺伝子を特定した後、次は発生過程でこのインプリンティングがどう変化するか調べ、発生後も胎児側、胎盤側で別々に維持されるメチル化依存性のインプリンティングと異なり、内部細胞塊ではH3K27me3マークが失われ始め、エピブラストで完全に消失する一方、胎盤では維持されることを明らかにしている。
   残念ながら発生過程で変化する新しいインプリンティングが、発生そのものにどのように関わっているのかについての検討は残されたままだ。遺伝子のリストを見ると、エピブラスト以降すぐに必要となるような重要な遺伝子が含まれているように思え、面白い課題だと思う。また、このインプリンティングが卵子発生でどのように形成されるのか、生殖細胞発生過程で調べる必要があるだろう。
 いずれにせよ、生殖細胞発生から受精、初期発生過程と、大きくリプログラムが進む過程を正常胚で研究するためには、胚操作に手練れた研究者の独壇場が続くと思う。

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