今日紹介するベルギーカソリック大学からの論文はβアミロイドとγシクレターゼ複合体の生化学を丹念に行い基質と酵素の結合安定性がプラーク形成につながるアミロイド形成の鍵になっていることを明らかにした論文で7月27日号のCellに形成された。タイトルは「Alzheimer’s causing mutation shift Aβ length by destabilizing γsecretase-Aβ interaction(アルツハイマー病を誘導する突然変異はAβとγシクレターゼの相互作用を不安定化させAβの長さをシフトさせる)」だ。
基質と酵素の反応を扱った極めて地味な仕事に見えるが、読んでみると論理的で説得力があり、専門ではない私も十分納得できるように論文が書かれている。
まずAβの前駆体(APP)がBACEで処理されると次に膜上でγシクレターゼにトラップされ、49番目、46番目、43番目、そして40番目が順番に削られる。試験管内実験系で温度を上げていくと、短いAβはほとんど切られなくなる。一方、APPや同じγシクレターゼの基質Notchは、温度の影響がより少なく、反応は安定していることがわかる。
すなわち、基質と酵素の安定性が重要であることがわかるので、膜上のγシクレターゼ複合体全体を再構成してAβとの反応を調べると、温度は一定でもAβが短くなるほど切られにくくなることを発見する。様々な実験の結果、APPがγシクレターゼに捕捉されると、順々に切断されるが、その際γシクレターゼとの結合力が順々に弱まるので、他の複合体の分子がなんとか結合を助けて最後まで切断が進むようにしている。この反応が突然変異などで途中で止まると、Aβは膜から遊離、完全に切断できていないと沈殿してプラークを作るというシナリオになる。
実際、プレセニリンの突然変異分子を使って反応を調べると、Aβとγシクレターゼの結合が不安定化されるため、結局Aβが離れてしまうことを示している。
興味を引いたのはプレセニリンの様々な突然変異を用いてAβとの乖離温度を調べると、見事に発症時期と温度の高さが一致することで、長い時間をかけて蓄積するような小さな変化も、酵素反応的にしっかり説明できることを示している。
最後に温度をあげた反応系を用いることで、この結合を安定させる化合物を特定できること、また細胞やマウスの脳内でも、発熱により不安定性が高まりAβが沈殿することを示し、将来の臨床への方向性を示している。
オーソドックスな生化学の仕事からこれほど面白いシナリオが生まれ、さらに将来の創薬可能性まで示されたことに脱帽。長期に服用可能で、安全なγシクレターゼの安定化化合物となると、かなり開発は難しそうだが、しかし可能性はある。ぜひチャレンジしてほしい。
不溶性Aβは血中、脳脊髄液中に出てこないこととなり、その観点ではバイオマーカーとしては機能しないことになります。ADNIの研究で見逃されている可能性がありますし、可溶性Aβ量と症状との相関が取れないことも説明できます。
γシクレターゼを安定化させるとなると難しいアプローチですが、中枢疾患領域で酵素補充ができるようになることにも希望を持ちたいところです。
反応を安定化させる方向ですので、副作用のないいい薬ができる可能性があるかと期待しています。
アロステリックpotentiatorのようなものをデザインするには、酵素表面の構造生物学的解析に期待します。従来の創薬科学アプローチよりもはるかにチャレンジングですが、研究者はこの領域に踏み込まなければなりません。