では、本当に自閉症の人たちは感情が低下しているのだろうか?一見失感情症のように見える自閉症の人たちが、しかし豊かな感情を持っていることが、音楽に対する様々な反応からわかってきた。音楽は人間特有の感情を伝達する手段の最高のものだが、自閉症の人たちが高い音楽能力を示すだけでなく、音楽に表現される感情をほぼ正常に理解していることも示されている。そこで、音楽をコミュニケーションのパイプとして使って、自閉症の人たちの社会性を高められないか、様々な音楽療法が開発され、効果があることが示されてきた。
しかしこれまでの研究のほとんどは観察研究で、一般的な治療法へと発展させるためには薬剤の治験と同じように、音楽療法の効果を確かめる必要があった。今日紹介するノルウェイを中心とする9カ国の国際チームからの論文は「即興音楽療法」と呼ばれる治療法の一つの効果を調べるための国際治験研究で8月8日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Effects of improvisational music therapy vs enhanced standard care on symptome severity among children with autism spectrum disorder: The TIME A randomized clinical trial(自閉症スペクトラムの症状改善に対する即興音楽療法の効果:TIME-A無作為臨床治験)」だ。
この研究では4−7歳の自閉症スペクトラムの子供を、セラピストとともに即興で楽器を演奏したり、歌ったり、ダンスしたりするセッションから構成される即興音楽療法を5ヶ月受けさせている。参加した384人を無作為に3群にわけ、182人は一般的ケアプログラムだけ、91人に強めの音楽療法、91人に弱めの音楽療法を一般ケアプログラムとともに受けてもらい、5ヶ月後に効果を調べている。
判定は完全にブラインドで行い、医師はどのグループに属しているかを知らされていないという徹底した臨床治験だ。
結果は残念ながら、音楽療法ほ効果は症状改善にほとんどつながらなかった。従って、ここで使われた即興音楽療法は一般的治療として認められないという結論になる。このような治療も費用が生じるので、やはり思いつきだけで広めていくわけにはいかない。
しかし自閉症の人たちの音楽への感受性が高いなら、音楽療法自体が否定されたわけではないと思う。音楽が感情の伝達手段である限り、このつながりを使わない手はない。もっと自閉症の子供たちの音楽能力の科学的研究を推進し、そこから新しいプログラムを考案し、臨床治験で効果を確かめる、これを繰り返してほしいと思う。しかし、アメリカでは音楽療法のセラピストが7000人もおり、ヨーロッパでも6000人いる。この点では、我が国は後進国と言わざるをえないだろう。