ところが、今日紹介する米国環境衛生科学研究所からの論文は、精巣からの男性ホルモン分泌の欠如がウォルフ管退縮の引き金でないことを示した研究で8月18日のScienceに掲載された。タイトルは「Elimination of the male reproductive tract in the female embryo is promoted by COUP-TFII in mice (メスマウスでのオス生殖腺除去はCOUP-TFIIにより促進される)」だ。
このグループは中腎間質で発現する転写因子COUP-TFIIの機能に興味を持って研究していたようだ。COUP-TFIIが欠損したマウスは生後すぐに死ぬので、中腎の間質でだけCOUP-TFIIが欠損したマウスを作ったところ、メスでウォルフ管の退縮が起こらず、両方の生殖腺をもったマウスができることを発見した。
このマウスではウォルフ管は存在しても精巣は存在しないので、精巣由来の男性ホルモンは期待できない。もしウォルフ管の退縮が男性ホルモンの欠損だとすると、精巣以外の場所で男性ホルモンが分泌される必要があるが、結局そんな組織は存在しないことがわかった。すなわち、これまでの定説、男性ホルモンがないとウォルフ管が退縮するという話は間違っていることになる。
そこでCOUP-TFIIが欠損したマウスで発現が上昇している遺伝子を検索し、FGF7とFGF10が強く誘導されていることを発見する。次に器官培養を用いてFGF7,FGF10の作用を調べた結果、両方ともウォルフ管の維持に関わることを明らかにする。
以上の結果から、メスマウスではCOUP-TFIIによりウォルフ管を維持するために必要なFGF7やFGF10の発現が阻害され、その結果ウォルフ管が退縮すると結論している。
男性ホルモンの作用や、FGFの作用に関しては全て器官培養での結果で、最終的に男性ホルモンが全く必要ないと結論するには、実際にはもう少し他の実験を加える必要があると思う。ただ、生殖腺分化のカスケードは間違いなくより複雑になった。このグループの場合、最初から定説を疑ったわけではないだろうが、定説も一つの説でしかないことがよくわかる研究だ。