脳の各領域を刺激した研究から大脳皮質の運動野や感覚野では、有名な脳内に描かれた小人の身体からわかる様に、個々の神経細胞の反応は特定の運動や感覚に対応している。しかし、これらの神経を統合して一つの行動にまとめる連合野でも、神経細胞レベルで反応が決まっているのか明確でなかった。というのも、ほとんどの研究では記録は一回きりで、実際何ヶ月にもわたって同じ神経が同じ行動に関わるかを調べないとこの問題に答えは出ない。
今日紹介する(また)ハーバード大学からの論文は様々な感覚を統合して判断し行動につなげる後頭頂皮質(PPC)の連合野の神経活動を、迷路課題を毎日行わせながら1ヶ月にわたって観察を続け、同じ行動に参加する神経細胞を単一細胞レベルで追跡した研究で8月24日号のCellに紹介された。タイトルは「Dynamic reorganization of neuronal activity patterns in parietal cortex(頭頂皮質の神経細胞活動パターンは動的に再構成されている)」だ。
すでに述べたが、この研究ではバーチャルな迷路で、あるシグナルを見たとき左右どちらに移動するか決める課題を学習させたマウスで、シグナルを見てからそちらに動く間のPPCの活動をカルシウムの流入を利用した発光を用いて記録する。一回の実験で、右に動けと命令するシグナルと、左への命令シグナルを見せて行動したとき(学習しているのでほぼ100%成功する)に活動する神経を記録すると、多くの細胞が参加しているが、概ね興奮する細胞が決まっている様に見える。しかし、同じ実験を毎日続けておこなうと、時間が経つほど同じ神経が同じ行動で興奮する確率は低下する。それでも、集団として記録されるパターンはほとんど同じであることを発見している。
また、一種のディープラーニングで、個々の神経細胞の興奮と様々な行動要素の相関を学習させ、細胞の興奮から行動を予測できる確率を計算すると、同じ細胞が常に反応に関わり続けることがないことを示している。要するに、興奮する神経細胞は常に代わっている。
多くの実験が示されているが、「行動の記憶は神経細胞のネットワークのパターンとして記録され、そのパターンを支える細胞はダイナミックに変化する」という結論に尽きる。流れのなかに生まれる渦は長い間維持されるが、それを支える水分子は絶えず変化しているのと同じと言っていいかもしれない。
しかし、このおかげで一旦できた記憶は、細胞レベルの興奮抑制をかけても、パターンとしては安定に維持することができる。また新しい課題に対して、これまでのパターンをうまく使って違うパターンをPPCに新たに形成することもできる。
精緻な研究というより、概念ありきで突っ走っている感じを持ってしまうが、30日も同じ場所の興奮を神経細胞レベルで記録しようと思い立ち、実行したことに脱帽。