今日紹介するストラスブール大学からの論文は、マウスのpresomitic mesoderm(PSM:体節形成前の中胚葉)が体節を形成する際振動する転写活性の調節機構についての研究で来月号のCellに掲載予定の論文だ。タイトルは「Excitable dynamics and Yap-dependent mechanical cues drive the segmentation clock(興奮性とYap依存性の機械的刺激が体節形成の時間を駆動している)」だ。
実はニワトリ胎児発生の体節形成時にhairlyと呼ばれる遺伝子がPSMから移動する中胚葉の中で振動をすることで体節が形成されることを初めて示したのはこの研究室のOlivier Pourquierだった。彼が米国に移った時はフランスの頭脳流出とフランスの発生学者が嘆いていたのをよく覚えている。 その後この現象は試験管内で再現されるようになり、今は亡き笹井さんとともにHesを発見した影山さんたちが加わって、かなり面白い分野に発展している。
この研究は、まずPSMでの振動を可視化できる組織培養法を確立し、次に細胞を単一細胞に分離すると、この振動は消えるが、もう一度一定数の細胞塊を形成させると、振動が始まることを明らかにし、振動には一定の細胞数が集まることで始まる細胞同士のコミュニケーションが必須であることを示している。この結果については発生学者なら「さもありなん、Notchシグナルのせいだ」と思い当たる話で、実際にNotchシグナルをブロックすると細胞間コミュニケーション依存性の振動が止まる。
ではNotchで全て説明できるのかと、今度はバラバラになった細胞がNotch刺激で振動するか調べ、Notchだけでは振動を説明できないことを示している。
ではNotch以外に振動に関わる分子は何かと探索し(この辺りの実験の進め方はさすがと思う)、最終的にファイブロネクチンなどのマトリックスのシグナルを感知したYapシグナルが振動を止めており、このシグナルをlatrunculinで抑えると振動が再開すること、また活性化型Yapを導入すると、細胞塊を作らせても振動が起こらないことを明らかにしている。
あとは飛ばして結論を急ぐと、NotchシグナルがPSMの振動スウィッチを入れ、これにより振動の準備ができるが、これと同時に振動する転写因子の発現を抑えるYapのシグナルが外部の細胞濃度などを感知して振動することで、振動が維持されるというシナリオだ。これを説明するために、クオラムセンシングや、細胞の刺激への不応期の概念をうまく導入するのはさすがにOlivierだと思うが、やはり最も重要な発見はYapによる振動の閾値の調節だろう。
このように試験管内、しかも単一細胞レベルに振動が収束したことで、今後、ではなぜ体節が分化するのかの肝心な疑問に答えられるようになるだろう。その意味でも、影山さんたちの人為的振動調節法は大きな可能性があるように思える。
Hesというと笹井さんを思い出すが、現役最後の年CDBの2代めの所長になってもらえないかOlivierに直談判したことがある。少しその気になったようだったが、やはり言葉の壁などで実現しなかった。そんなことを多く思い出させる論文だった。