今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は心筋細胞の分化過程でNLによる心筋発生に関わる遺伝子群の捕捉にヒストン脱メチル化酵素Hdac3が関わっていることを示した論文で10月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Genome-nuclear lamina interactions regulate cardial stem cell lineage restriction(ゲノムとNuclear Laminaの相互作用が心臓幹細胞の発生を調節している)」だ。
おそらくこの研究は、Hdac3の機能をES細胞の分化系で調べようとする動機から始まったのだろう。ES細胞培養で調整した、心筋、血管内皮、平滑筋へ分化能を持つ前駆細胞から、それぞれの系列への分化誘導時にHdac3を過剰発現、あるいはノックアウトしてその機能を調べ、Hdac3が心筋分化を抑制していることを示している。すなわち、ノックアウトすると心筋細胞への分化が強く誘導され、心筋分化に関わる遺伝子が誘導される。そして、この抑制にはHdac3のヒストン脱メチル化活性が必要ないことを発見している。
このHdac3が脱アセチル化以外の機能を持つというのはこの論文の重要なメッセージで、ヒストン修飾による転写の調節とは違うメカニズムを介してHdac3が心筋分化を抑制していることを示唆している。これまでの研究でHdac3がNLに結合していることが分かっており、Hdac3がNLへゲノムを補足するのに関わっている可能性を確かめる実験を行い、この分化実験系でHdac3が確かにNLに局在していること、そして心筋細胞への分化決定とともに多くの心筋発生遺伝子がNLから解放されることをLaminBとの結合アッセイにより示している。
ただHdac3は心筋特異的遺伝子領域に直接結合しているわけではない。従って、心筋特異的遺伝子は何らかの方法で標識され、NLの捕捉する、あるいは解放することが必要になる。このメカニズムとして、ヒストンH3K9me2(9番目のリジン残基にメチル基が2個付いている)がNLに存在し、分化前のES細胞では心筋特異的遺伝子にはH3K9me2が結合していることを示し、H3K9の修飾のon/offが遺伝子をNLに補足するのをコントロールしている可能性を示している。実際、Hdac3がノックアウトされると、心筋分化に関わる遺伝子はNLから解放され、心筋への分化が促進する。
結果は以上で、Hdac3が心筋への運命決定を心筋分化遺伝子をNLへ補足して抑制することで発現を抑制すること、この活性に脱メチル化酵素活性は必要ないことを明らかにした点は新しい。ただ、ではなぜ心筋特異的遺伝子が特にこの調節を受けるようになっているのかはよく分からない。この研究からES細胞段階から心筋遺伝子特異的にH3K9me2修飾が行われるメカニズムが示唆されるが、これについては明確な答えを出さずに終わっている。また、他の系列のヒストン修飾についての結果もほとんど示されていないため、最後はフラストレーションが残る仕事だった。
遺伝子発現の特異性をどのように制御しているのかに、いくつかの機序があるとは想像できるのですが、転写因子と特異的塩基配列レベルのわかりやすい機序でも、その転写因子の遺伝子の転写制御は?塩基配列の組み合わせか転写因子の会合分子の組み合わせか?核マトリックスのラミンの変異は心筋症を起こすこともわかっていますが、今回の論文はさらにヒストンのアセチル化・メチル化とアセチル化脱アセチル化酵素等々の特異性のない機序である。転写因子の結合配列のクロマチンレベルでの露出機序なのか?フラストレーションがのこるという先生の感想に同感します。