今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、EGFRやHER2をドライバーとするガンの標的役抵抗性のプールが活性酸素が高いため鉄依存性のフォロトーシスを起こしやすいことを発見し、この性質を使えば治療後も残存するガン細胞を根こそぎ叩けることを示した研究で昨日発行のNatureに掲載された。タイトルは「Drug-tolerant persister cancer cells are vulnerable to GPX4 inhibition(薬剤に耐性の残存ガン細胞はGPX4阻害に弱い)」だ。
この研究はHer2をドライバーとする乳がん細胞の中に常に存在するHer2に対する分子標的剤ラパチニブで叩ききれない細胞を殺す薬剤のスクリーニングから始まる極めてオーソドックスなものだ。Her2で増殖中の細胞には影響がなく、Her2を抑えたときに残存する細胞だけに効く薬剤という基準で選ばれたのはRSL3とML210の2剤で、ともにGPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ)の阻害剤だった。
このGPX4は脂肪が鉄依存性に分解されて活性酸素を生産し細胞死に至る、最近注目の鉄依存性細胞死フォロプトーシスを抑える酵素で、この阻害剤がスクリーニングで引っかかってきたことは、標的薬治療後に残存する細胞がフェロトーシスに陥りやすくなっていることを示唆している。
そこで同じことが他のがんでも言えるのか調べるため、Her2やEGFRで効果がある肺がん、メラノーマ、卵巣癌で調べたところ、全てGPX4阻害で殺すことが明らかになった。これらの結果は、うまく治療プロトコルを設計すれば、これまでの再発の問題をかなり解決できる可能性を示唆している。
実際にはここまでがこの論文の重要なメッセージの全てで、あとは残存ガン細胞では抗オキシダント活性が低下しているため、GPX4依存性が高まっていること、細胞死がアポトーシスやネクローシスではなく、正真正銘のフェローシスであることを証明しているだけだ。
確かに、抗がん剤治療でも残存する細胞を叩く新しい標的が見つかったという点では評価できるが、結局この研究からは臨床応用には程遠い既存の阻害剤の有効性が確かめられただけで、治療に使えそうなリード化合物のヒントすらない。また、様々なガンに効くと言っても、調べられているのはEGFR系のシグナル抑制で残存する細胞だけで、一般的な治療でどうかはわからない。論文投稿からほぼ1年半かかっていることを考えると、レフリーも根負けした気がする。メッセージは重要でも、読み終わってフラストレーションが残った。