寿命の研究は、決して高等動物だけで行われているわけではなく、線虫やショウジョウバエは言うに及ばず、酵母を用いても行われている。そして、酵母からショウジョウバエまで共通に寿命を延ばすことのできる夢の薬がラパマイシンで、この薬剤は1970年代石像で有名なイースター島で分離された細菌から発見された。ラパマイシンがFK結合タンパク質と結合すると、あらゆる真核生物に存在するTORC1分子の活性を落とすことから、ラパマイシンの夢の作用はTORC1を介していることがわかる。ただ、TORC1は栄養状態を中心に環境の様々な刺激に応じて活性化され、増殖など細胞の基本的機能の調節を担う中心分子だ。その作用は様々な分子経路に及ぶため、一言でまとめるのは難しいが、誤解を恐れず単純化すると発生から発達段階では細胞の増殖調節に関わり、増殖が止まる成体では老化促進に働いていると言えるかもしれない。
この研究では、RNAポリメラーゼ III(Pol III)がTORC1により直接調節されていること、及びTORC1が成体では老化防止に関わることから、一種の3段論法から Pol IIIが老化に関わるのではないかと着想し、酵母のPol IIIを人工的に分解する方法でタンパク質量を低下させると、期待通り寿命が本当に伸びることを示している。
実際この実験は発想自体も驚きで、というのもPol IIIはtRNAと5SrRNAの転写を受け持つ生命に必須の酵素で、十分量ある方が普通はいいと思ってしまう。いずれにせよ酵母で期待通りの結果が出たので、次に線虫のPol IIIをRNAiで抑える実験、さらに片方の染色体のPol IIIを欠損させたショウジョウバエを用いた実験から、Pol III の発現が低下すると(完全欠損ではもちろん死ぬ)寿命が延びることを明らかにしている。
次の実験も思考のジャンプが大きい印象だが、個体の寿命に最も関係する組織は腸管と決めて、線虫の腸管細胞、あるいはショウジョウバエの腸管でPol IIIの発現を低下させる実験を行い、予想どおり腸管細胞でPol IIIを抑えるだけで寿命が延びることを示している。
これらの結果は、少なくとも線虫、ショウジョウバエの個体の寿命は腸細胞の寿命によって決まっており、tRNAの発現を抑えてタンパク質合成をほどほどにすることで、腸管の状態を若々しく保つことで、個体の寿命を延ばすというシナリオを示唆している。このシナリオをさらに確認するため著者らは、ショウジョウバエではタンパク質合成がほどほどだと、腸管でタンパク質代謝の恒常性が乱されにくく、また腸のバリアーが安定に維持されることも示している。
着想はかなり突拍子もないように思えたが、ラパマイシン、TORC1阻害による寿命の延長の大半が、腸管でのPol IIIの発現減少の結果である可能性は納得してしまった。あとは、人間でどうかだが、いくら副作用が強くないとはいえ、やっぱりラパマイシンを飲み続けるのは抵抗がある。