期待を込めて読んだが、まだまだ完全でない研究だ。しかし、研究は挑戦的だ。何度も紹介しているように、チェックポイント治療が効くかどうかは全て癌に対する免疫反応が成立しているかどうかにかかっている。これを調べるために、昔は癌と患者さんのT細胞を培養して、癌に対するT細胞を増幅することが試みられていた。ただ、この方法で実際にどのペプチドがガン抗原として働いているかは特定できなかった。
そこで、癌のゲノム解析から、癌のみで突然変異が見られるペプチドを特定して、これに反応するT細胞がある場合、これをワクチンとして免疫する方法が成功を収めた。個人的にもこの方法が当分本命かと思うが、一方で癌を切除した時、その組織にあるT細胞は免疫反応を起こしている可能性が高いなら、このT細胞のTcRに結合する抗原を特定できれば、癌特異的キラーT細胞を大量に調整して治療に役立てることができる。しかし、浸潤T細胞の数は多くなく簡単ではない。
この課題にチャレンジしたのが今日紹介する研究で、人間の組織適合抗原(MHC)を表面に発現する酵母を用いて、様々な長さのペプチドがランダムにMHCに結合してTcRに提示されるペプチドライブラリーを用意している。この方法で、すでに反応する抗原ペプチドがわかっているT細胞株を刺激できる抗原を特定できること、またネオ抗原の特異的T細胞がわかっているメラノーマで予備実験を行った後、2人の大腸癌の患者さんの組織に浸潤しているT細胞が反応する抗原を特定できるかの本実験を行っている。
最も大変なのが、ガン組織に浸潤しているTcRの調整で、一人の患者さんあたり数百個のT細胞を単離、一個づつ発現しているTcRを特定している。同じように正常組織に存在するT細胞についても同じ解析を、比較のために行っている。それぞれの単一細胞について、T細胞の形質も同時に調べている。これらのデータに基づいて、ガン組織のみで、二個以上のキラーT細胞で発現していた(すなわち組織で増殖していた)TcRを選ぶと最終的に20種類のTcRが残った。
こうして選んだ個々のTcRで表面にペプチドライブラリーを発現した酵母を染色し、染色できた酵母を増殖させ、また選択するというサイクルを3回繰り返し、残った酵母のDNA配列決定により、各TcRが認識するペプチドを特定している。
手のかかる複雑な実験の結果、この方法で特異的ペプチドの特定にまで至ったのは4種類のTcRだけで、残りのTcRでは抗原が特定できなかった。さらに、ガンのネオ抗原と反応していることが特定できたのは1つのTcRだけで、あとは正常の分子由来のペプチドだった。実際に特定できたペプチドがT細胞を刺激できることも、細胞株に各TcRを導入する実験で確認している。 ただ話はこれだけで、特定したペプチドを用いればガン免疫を誘導できるかどうか、機能についてはわからない。したがって、読んだ後、この方法に大きな期待が持てるという実感はない。しかし、人間でガンに対する免疫反応を解析するために努力していることはよくわかる研究で、この論文で終わらせずに、この解析を多くの患者さんで行い、データを蓄積して欲しいと思った。
特異的ペプチドの特定にまで至ったのは4種類のTcRだけ。
残りのTcRでは抗原が特定できなかった。
ガンのネオ抗原と反応していることが特定できたのは1つのTcRだけ。
あとは正常の分子由来のペプチドだった。
→実際の現場では、ネオ抗原だけでなく、
正常分子も抗原として認識している?
正常分子に反応するT細胞→正常組織は攻撃しないのでしょうか?
→現場はかなり複雑な状況なのかもしれません。