私たちのNPOには将棋のプロに近いメンバーが2人もいて、将棋の話を興奮して話してくれる。このため昨年AASJ内で最も話された話題は、連勝新記録を達成した藤井聡太君のニュースと、棋士対コンピュータの電王戦の話だった。素人から見ても、将棋でAIがプロに勝つとは、AIがこの数年で急速に発達しているのがわかる。
もちろん、医学分野でもAIの進出は目覚ましいものがあり、例えば2月にスタンフォード大学から13万近い皮膚病変の写真と、その病理診断結果をニューラルネットを用いて機械学習させることで、皮膚科の専門家と肩を並べるレベルの皮膚病変の診断が可能になった論文がなんとNatureに掲載されて驚いた(Esteva et al, Nature 542, 115, 2017)。
一方最近のThe LancetのAIと医学について述べたエディトリアル記事では、AIが今後も医学を変化させることは間違いないが、問題も認識され始めたことも書かれていた(The Lancet 390, 2739, 2017)。例えば昨年、IBMがMD Andersonと4年にわたって協力してきた研究が中断され、またGoogleと英国Royal Free London NHS Foundationとの協力で進められていたDeepMindを用いたAI研究からのデータ流失が起こり、AIに対する不安が高まっているようだ。
このように、AIで社会がどう変わるのか、私の苦手分野だが2018年にその輪郭が見えるのではと注目している。
幸い昨年の終わりにScience誌は機械学習の世界の第一人者、E. BrtnjolfssonとTom Mitchellが共同で書いたこの分野の展望についての総説を発表したので、今年のAIの発展を予測する意味でも、この総説を紹介することにした。タイトルは「What can machine learning do? Workforce implication(機械学習は何ができるのか? 労働力に関する示唆)」だ。(Science 358, 1534, 2017)。
この総説の焦点は、AIが人間の現在の労働形態をどう変えるかだ。
さすがこの分野のプロで、まず本当のArtificial intelligenceは到底到達できない先に存在しており、今AIと大騒ぎしているのはmachine learning(ML)のことだと断定している。
その上で、一般的に言われているように、置き換わる仕事、置き換わらない仕事があるにしても、実際にはMLだけでもインパクトは大きく、経済や雇用についての大変革が進んだ結果10年以内に勝者と敗者が決まるほどの破壊的効果があることを予言し、各国政府は今から準備が必要だと忠告している。
いずれにせよ、MLを使いこなすには、まず学習することが何をもたらすのかを見極め、学習させる情報をどう加工するかがカギになり、新しいアルゴリズムやパラメーター設定方法の開発が今も進んでいる。このためにも、どのような仕事がMLに置き換えやすいか8項目挙げている。
1. はっきり定義できるインプットとアウトプットの間の関係の学習:医学情報がまさにこれにあたる。すなわち、データから病名を診断する過程は、インプットとアウトプットが明確に定義されている。ただ、予測や診断が可能になったからといって、因果関係を理解したことではない。
2. 多くの適切なデータが得られる学習:ニューラルネットによるMLではデータが飽和して能力の限界に到達することはない。どんなデータも利用できるが、人間の手で対象をよく分析し、データをタグ付けし直すことで、ML の能力を高められる。
3. ゴールが明確で、定量的に評価できる学習:MLから考えると自明の話だが、例としては都市の交通量のコントロールなどがこれにあたる。ただこの時、データが期待しているゴールとの関連でラベルされるようにデータを調整するのが望ましい。
4. 常識や多様な知識が必要な段階的に論理を詰めていく過程の必要でない学習:迅速な反応が求められるタスクを選ぶのが重要。常識や多様な知識に基づいて、段階的に論理を進めるのは苦手。しかし囲碁やチェスは、その後の展開を正確にシミュレーションできるため、段階的論理過程に見えても、MLは得意。逆に、現実世界のシミュレーションは難しい。
5. 背景にある理由を説明する必要がない学習:診断にしても、囲碁にしても、MLは正解を出すことができるが、なぜそれを正解として選んだかの理由付けは出来ない(これこそが将来のAIの一つの条件、しかし人間だから理由が説明できるわけではない)。
6. 失敗が許容でき、実証性が必要のない学習:アルゴリズムの基本は統計学、推計学で、必ず間違いがあることは理解する必要がある。 7. 現象やインプット・アウトプットの関係が安定な学習:現在のアルゴリズムは、対象の振る舞いがある程度安定していることが必要で、状況が早く変化する現象には利用しにくい。
8. 熟練、技が必要ない学習:ロボットに使うとき、まだハードの方が、機械学習についていかないことを理解する(明日この問題は自動運転で取り上げる予定)
その上で、クリエーティブな仕事がMLには不可能かも議論している。人間でも創造性が生まれる基本は、脳の回路を毎日書き換える経験の量が重要で、この書き換えによりそれぞれユニークな自己の回路が形成されることで、創造性が生まれていると私は思うが、MLの仕組みから考えれば、経験に応じて創造性が生まれてもおかしくない。著者らも創造性をMLは持たないというのは甘い考えで、学習した内容はそれぞれ異なるため、独自性が生まれ、それに基づいて判断すれば、自ずと創造性が生まれると考えている。
最後に、以上のことを理解した上で、MLを考える時の経済問題6項目あげている。
1、 雇用のMLによる置換:まちがいなく、多くの職はMLで置き換わる。例えば、コンピュータソフトを仕上げる工程は、今やMLの独壇場なようだ。
2、 価格の自由度:ML導入で価格が落ちることで、利用者が増えて、全体の消費額が増えるような領域。
3、 人間と機械の相互性:MLの導入により、それを使う人間のスキルが要求されるといった相互性がある分野。
4、 収入の自由度:ML導入により失われる雇用は多い。従って、労働市場の流動性が高く、新しい需要に対応出来る経済運営が必要。
5、 労働供給の自由度:MLにより新しい仕事が増えても、それに対応する人間の供給が制限されると、給与の差が拡大することになる。
6、 ビジネスの新しいデザイン:経済活動全体がMLで変化することを理解して、長期的なビジネスプランが必要。
などだ。
要するに、産業革命によりもたらされた資本主義では、「労働者が消費者でもある」とマルクスが気づいた時と同じような大きな変化が起こることを意味している。とすると、この総説も表面をなぞっているだけで、それぞれが2018年MLの進展をウォッチし続ける必要があることを物語る。 医学で言えばMLで診断率が上がったと喜ぶだけでなく、「誰もが最適の健康を維持できる」医療システムの構造変化をMLを使って加速するプランを考える人が現れることが重要だと思った。