ただ科学とは何かについては明確なイメージがある。17世紀ローマカソリックの恣意的捏造と戦ったガリレオが語ったように、何が正しいか判断する時、他の仲間と判断を共有するための実験、観察、数理などの客観的手続きを経て判断するのが科学で、何が真実かを争うことではない。従って、これらの手続きを飛び越して、自分の判断が正しいと主張することは全て捏造になるし、もちろんデータを操作することは手続きを無視する事に等しく、科学を否定するのと同じことだ。
ちょっと大上段に構えすぎたが、今日紹介するNorth Western大学からの論文はあくまでも一般の人が持つ科学者のイメージの話で、大人ではなく子供の持つ科学者のイメージが男性か女性かを調べた研究でChild Developmentにオンライン出版された。タイトルは「The Development of Children’s Gender-Science Stereotypes: A Meta-analysisof 5 Decades of U.S. Draw-A-Scientist Studies(子供の科学と性別の関係についての思い込み:半世紀に及ぶ米国の「科学者を描いてみよう」研究のメタアナリシス)」だ。
私は全く知らなかったが、この研究の下敷きには、1966-1977年にかけて5000人の学童に自分が持っている科学者像を絵に描いてもらったChambersらによる調査が存在している。なんとこの時描かれた絵の99.6%は男性科学者で、明らかに子供の頃から科学者は男性というイメージが植え付けられていたことが明らかになった。しかしこの当時と比べると、米国の女性科学者の比率は上昇を続けており、生物学や化学では50%近くに上昇している。とすると、子供の持つイメージも同じように変化しているのではないかというのがこの研究の課題だ。
この課題に対し、著者らはChambersらが行ったのと同じような方法で調査を行った研究論文を集め、個々の論文の結果を分析し直し、結果を調査が行われた年代別にプロットしなおす、いわゆるメタアナリシスを行うことで調べている。
驚くことに、「科学者を描く」というキーワードで論文サーチをかけ最終的に条件にあった論文が78編もあることだ。即ち、米国では常に科学者像についての調査が行われていることになる。我が国も見習う必要があるだろう。
様々なデータ解析が行われているが、今回のメタアナリシスにより見えてきた重要な結論は2点に絞れる。
まずいつの時代も、科学者を男性として描く子供の比率は、年齢とともに上昇する。すなわち、6−7歳では特に科学者=男性というイメージを持っているわけではないのに、16歳ぐらいになると男女共7割以上が男性科学者を描く。すなわち、様々な情報がインプットされることで、児童の科学者のイメージが作られていることを示唆している、メディアなどで描かれる科学者は男性であることが多く、この結果メディアを通してステレオタイプな科学者像が児童に形成されるというわけだ。事実、子供が描いた科学者は、男性というだけでなく、白い実験着を羽織り、メガネをかけ、長髪という像が圧倒的に多い。鉄腕アトムのお茶の水博士と同じだ。
とはいえ、時代と共に子供達が科学者を男性として描く確率は着実に低下している。2015年になると、半数以上の女児は女性の科学者を描き、男性も4割が女性として描くようになっている。これは全体の数字で、高学年になるともちろん男性として描かれる割合は増加するが、それでも着実な変化が起こっていることがわかる。おそらくこれも、メディアに登場する科学者像の変化を反映している可能性が高い。この可能性を更に確かめるためには、子供達が目にするメディアの科学者の描き方について時代別に調べる必要があるだろう。また、他の職業のイメージの変遷についても同時に知る必要があるだろう。
話はこれだけだが、私自身が考えもしなかった方法で子供達の科学者像が繰り返し調べられていることに本当に感銘を受けた。我が国の状況について全く把握していないが、一般の人の科学者像を自分勝手に想像するのではなく、このように調査を繰り返して知ろうとすることこそが科学的態度と言えるのだろう。見習う必要がある。