今日紹介するワシントン大学・生物統計学部門からの論文は、現代人のゲノムとネアンデルタール人、デニソーワ人のゲノムを情報処理して各人種と古代人との関わりを調べた典型的ゲノムインフォーマティックス研究だが、テーマが面白く3月22日号のCellに掲載された。結果は、我々日本人についても教えてくれている。タイトルは「Analysis of human sequence data reveals two pulses of archaic denisovan admixture(人のゲノム配列データの解析により2波のデニソーワ人との交雑が明らかになった)」だ。
これまで全ゲノムが解読されている古代人は、ネアンデルタール人とデニソーワ人で、デニソーワ人が発見されたアルタイ山脈の同じ場所からネアンデルール人も発見され、ゲノムが解読されている。デニソーワ人はこのようにユーラシア大陸の東側に分布していたと考えられ、その遺伝子は南ルートを通ってアジア、オセアニアに移動した現代のパプア・ニューギニア人に多く流れ込んでいる。私自身これまで、日本人にはデニソーワ人の遺伝子は入っていないと講義をしていたが、実際には漢族、チベット人などに明らかにデニソーワ人由来の断片が見つかっており、日本人に入っていないなどありえないことは明らかになりつつあった。
この研究の目的は、現代の各人種にネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人ゲノムがどのように流入し維持されているかについての歴史をゲノムから解明することだ。多くの研究では、これまですでに解析されている古代人ゲノムを参照して、我々のゲノムのどこにその断片が入っているのか調べてきた。ただ、この研究では我々の持つ古代人ゲノムの断片を、レファレンスなしに特定してから、拾い出した断片を後で古代人ゲノムと比べるという方法を取っている。
なぜ古代人ゲノムレファレンスなしに、私たちのゲノムの中の古代人ゲノムが特定できるのか?私の理解した範囲で説明すると、遺伝子配列の違いが大きい断片ほど、組み換えが起こりにくい。このため、ネアンデルタール人やデニソーワ人由来の断片は、長いまま薄まらずにゲノムに残っている可能性が高い。すなわち特定の多型同士がリンクして動く可能性が高いところから、レファレンスなしでも断片を特定することができることになる。この方法を用いると、あまり交雑がないと思われている西アフリカ人も、特定できない他の古代人と交雑していた痕跡が認められることから、この方法の可能性がわかる。
この研究ではこれまでのレファレンスなしで古代ゲノムを特定する方法を更に改良して、50kb以上の断片ならかなり正確に特定できる方法に仕上げている。この方法で、バイアスなしに断片をリストした後、後はアルタイで発見されたネアンデルタール、デニソーワ人ゲノムをレファレンスに、それぞれの断片のレファレンスとの距離を算定し、2次元グラフとして展開して、交雑の程度を調べている。表示の方法も、FACSに見慣れた血液学者でも理解出来る優れた表示法だと思う。
詳細を省いて結論をまとめると、次の2点になる。
まずデニソーワ人由来の断片は、パプア・ニューギニア人、アジア人、ヨーロッパ人の順に多い。ただ、アルタイのネアンデルタール人ゲノムとの距離をもう一方の軸に2次元展開することで、ヨーロッパ人に流入したデニソーワ人ゲノムは、ネアンデルタール人との交雑で流入したことがわかる。すなわち、ネアンデルタールにまずデニソーワ人のゲノムが流入し、ネアンデルタール人と現生人類の交雑で、ヨーロッパ人やアジア人に流入した断片だ。
この流れを第1波とすると、アルタイのデニソーワからは少し離れたデニソーワ人のゲノムがアジア人、パプア・ニューギニア人には流入している。これが第二波で、我々日本人にもこの時に新しいデニソーワ人のゲノムが流入している。
後は、こうして流入した古代人ゲノムの中で選択され残っている新しい免疫系分子なども特定しているが、紹介はいいだろう。間違いなく、私たちの先祖はネアンデルタール人とも、デニソーワ人とも交雑を行い、その遺伝子が我々の体に残っていることは間違いない。