もちろん、多くの製薬会社でもMRSAに効果のある抗生物質の開発にしのぎを削っていると思うが、アカデミアならではの方法でMRSAに対する抗生物質開発にチャレンジしているブラウン大学からの論文を見つけたので紹介する。タイトルは「A new class of synthetic retinoid antibiotics effective against bacterial persisters(耐性細菌に効果を持つ新しいクラスの合成レチノイド系抗生物質)」で、Natureにオンライン出版された。
この論文が最も印象深かったのは抗生物質のスクリーニングの方法だ。MRSAを培養したマイクロウェルに線虫を加え、ここに抗生物質を加えて線虫が生存できるか調べている。MRSAは線虫を殺すので、線虫が生き残るということはMRSAに効果がある薬剤が発見できたことになる。細菌を直接標的にすればもっと簡単にスクリーニングができるのにと訝しく思われると思うが、もちろんこれまではその方法で化合物が探索された。しかし、発見される多くの化合物は細菌だけでなく、細胞毒性が強いため、結局あとで他の細胞を用いた様々なテストが必要になる。これを一石二鳥でやってしまおうとするのがこの方法で、なるほどと納得する。
この方法で8万種類の化合物をスクリーニングし全部で185種類の化合物を特定している。その中から、現在卵巣癌に使われているadaroteneと同じレチノイド構造をもつ2種類の化合物に着目し、これらがMRSAに対する抗生剤に発展できる可能性を示している。
我が国メディアでは、一時、線虫でガンを診断するという方法がもてはやされたことがあるが、大事なのは現象論を科学に仕上げていく実力で、これがないと話題提供で終わる。この論文の著者らはこの点で極めてパワフルで、薬剤開発のために必要なあらゆる技術を駆使して選んだ2種類の化合物の作用機序を明らかにしている。
詳細を省いて概要だけ説明すると、この2種類のレチノイド化合物は疎水性の部分を用いて膜の脂肪2重膜に侵入し、その結果MRSAの細胞膜の透過性を上げることで殺菌効果を示す。同じように、卵巣癌に対する抗がん剤Adroteneも同じように脂肪2重層に突き刺さるが、効率が低い。都合のいいことに、MRSAには毒性があっても、同じ濃度では正常細胞に対しては毒性が低い。 抗生物質としてみたとき、これらの化合物はほとんど耐性が生じない点でも優れている。更に、細胞膜の透過性を上げるという性質から、ゲンタマイシンなどのタンパク阻害剤と組み合わせると高い効果を示してくれることも示している。
最後に、このうち化合物CD437により細胞毒性の低い化合物へと転換できる可能性も示している。線虫を使うという生物学者のセンスと、薬剤開発のプロ、メディシナルケミストとしてのセンスが両立していることがここからもよくわかる。もちろん最終的な化学構造に到達できたかどうかは、さらに検討が必要だが、レチノイドを骨格荷物化合物の可能性が示された点では重要な貢献だと思う。