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4月26日:Hans Aspergerはナチの手先だったのか?(4月19日号Molecular Autism掲載論文)

2018年4月26日
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アスペルガー症候群という名前はかなりポピュラーになっているのではないだろうか。何か一つのことにこだわりがあって優秀なのだが、社会性がなくコミュニケーションのとりにくい人がいると、「彼はアスペルガー」などと門外漢でも簡単に診断を下すのをしばしば耳にする。このアスペルガーという名前は、ウイーンの小児病院で自閉症概念の成立に力を尽くしたHans Asperger のことで、症候群に名前が付いているだけではなく、フィラデルフィアのカナー医師とともに、自閉症概念の成立にも大きな貢献があった医師だとされている。

私自身がアスペルガーのことを詳しく知ったのは、「レナートの朝」の著者として有名な、シルバーマンの「Neurotribe」という本でだ。そこには、小児の行動をありのままに把握し、理解を通して独自の見解に基づいて診断する真摯な医師の姿が描かれている。同じ病院には「夜と霧」の著者でユダヤ人収容所を生き延びたフランクルなど多くのユダヤ人が働いていたが、ナチスのオーストリア併合をきっかけに全員職場を追われる。この時、アスペルガーはオーストリア人であったため、医師として研究者としてナチス時代を過ごし、1980年にオーストリアで死去している。

Neurotribeを読んで、私はアスペルガーが、ナチスの発達障害児を安楽死させ社会の負担を軽減する政策に抵抗した良心の医師であるという印象を持った。もちろん、ナチスに対して積極的に抵抗する事は難しかったことは想像に難くない。誰だってあの時代におおっぴらに抵抗するのは難しい。ところが、今日紹介する オーストリア・ウィーン医科大学からの論文は、これまで私が持っていたナチに密かに抵抗した医師というアスペルガーのイメージを完全に覆した。チェコで出版されている雑誌Molecular Autism、4月19日号に掲載された。タイトルは「Hans Asperger, National Socialism, and“race hygiene” in Nazi-era Vienna(ナチ支配下のウィーンにおけるハンス アスペルガー、ナチス、そして民族浄化」だ。

ナチス時代、ウィーンの小児病院では、民族浄化の名の下に、発達障害を持つ子供を安楽死させる政策に積極的に関与したことが知られている。結果、戦後この病院で働いていた医師全員がアスペルガーを除いてナチスの協力者として病院から追放される。この事は、アスペルガーがナチスへの抵抗を続けていたことを裏付けているように思えるが、一方このような親ナチ的病院の中で仕事を続けることができたのは、彼もナチのシンパだったからではないかという疑いも持たれてきた。

この研究では、これまで見落とされてきた様々な当時の資料を集め、彼がナチスに小さな抵抗を試みていたとする、彼自身の証言も含めたこれまでの記録の正当性を再検討している。

アスペルガーが反ナチスだったとするこれまでの根拠は、1)ナチスの組織に属さなかった、2)ナチス当局にマークされていた、3)自分が扱った障害児が安楽死処理を受けないよう、診断をごまかした、の3点になる。

43ページという長い論文で詳細は省くが、この研究ではこれまでの見解には殆ど証拠が無く、実際の記録からは、
1) 彼はナチス直下の組織ではないが、ナチスが認める関連組織には属しており、また彼の倫理活動の中心だった、カソリック組織は必ずしも反ナチというわけではなかった事、
2) 役所側に残っている、ゲシュタポのアスペルガーに対する評価の記録を探し出し、決して彼が要注意人物としてマークされていなかった事、
3) 安楽死施設の方に残っている小児病院での彼の診断書と、安楽死施設の医師の診断書を比べ、彼が診断を軽めにして安楽死を防ごうとした痕跡がないどころか、彼のほうが安楽死施設の医師より重い診断を下し、子どもが親の負担になると書き添えた診断書まで存在する事、
などを裏づける記録を探し出し、彼がナチスの協力者で、障害児の診断を安楽死施設へ送られることを知った上で行なったことを記録で裏付けている。

私にとっても驚きの論文だったが、自分ならどうするかと考えると、到底非難できる立場にないことを思い知る。そしてこの論文は右傾化しつつあるオーストリアの知識人に向けた著者からの「一旦政治が暴走すると、抵抗などできるものではない」というメッセージではないかと感じた。最近、この論文と同じ趣旨の本「Asperger’s Children」が出版されたようだが、このような再検討が今行われるのは、オーストリアの政治状況が、ナチス時代に近づいているのではと懸念する知識層が増えているからではないだろうか。

それでも、オーストリアでは、安楽死させた一人一人の子供の記録が当局により残されているのに感心するとともに、記録を保管することの重要さと、アスペルガー自身も含め、人間の証言がいかに虚偽に満ちているかよくわかった。これに引き換え、「我が国の役所はなんという体たらくか」といつもの愚痴で論文紹介を終える。

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