アスピリンから抗体治療まで全て体内で分泌される炎症誘導物質の機能をおさえるのが炎症治療の中心だが、体内では炎症を抑える物質も合成されており、それを抗炎症剤として使えることを2016年ワシントン大学のグループが発表した。これがイタコン酸だ。この研究によると、イタコン酸はLPSなどによる刺激を受けたマクロファージで特に産生が高まり、TCAサイクルのコハク酸でハイドロゲナーゼを抑えることでコハク酸の合成を高めて炎症を抑えることが示された(Cell Metabolism 24:158, 2016)。すなわち、体内に備わった炎症のフィードバック機構になっている。
今日紹介する論文は2016年の研究の続きで、イタコン酸の作用はコハク酸の上昇だけでは説明しきれず、実際にはこれとは異なる新しい経路で抗炎症作用が発揮されていることを示した研究で 4月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Electrophilic properties of itaconate and derivatives regulate IκBζ-ATF3 inflammatory axis(イタコン酸とその発生物質の求電子的性質がIκBζ-ATF3を介する炎症経路を調節する)」だ。
この研究では、コハク酸による炎症抑制以外の経路を探索するため、イタコン酸を処理したマクロファージで誘導される分子を調べ、イタコン酸処理により求電性の物質や外来の化学物質により細胞がストレスにさらされた時の反応と同じ経路が活性化されていることに気づく。そして、このイタコン酸により誘導されるストレス反応の原因が、ストレス物質を中和するグルタチオン(GSH)にイタコン酸が結合して、GSHがストレス物質を中和するのを抑制するため、ストレスが上がってしまうことを明らかにしている。そして、求電性のストレス分子が蓄積すると、不思議なことにLPSによる刺激のメディエーターIκBζの翻訳が特異的に抑制され、炎症が抑制されることを示している。
あとは、なぜ求電性物質によるストレスが、炎症を抑えられるのか検討し、
1) イタコン酸処理によりストレスが上昇すると、マクロファージ内でATF3が誘導される。
2) ATF3の作用によりeIFαがリン酸化されると、IκBζの翻訳がなぜか特異的に低下する。その結果、LPSによる炎症反応は抑制される。
3) LPSなど自然免疫による炎症時にイタコン酸が合成されるのは、体内に備わった炎症を抑える自然のフィードバック機構になっている。
4) 同様の効果は、イタコン酸でケラチノサイトを刺激しても見られる。
5) イタコン酸はLPSだけでなく、IL-17のようにIκBζを活性化することで起こる炎症を抑える。
以上、なぜ翻訳が特異的に抑えられるのかなど明らかにならない部分も残っているが、イタコン酸を体が備わった抗炎症剤として働くメカニズムを理解した上で、TLR7/8 刺激によるマウスの乾癬モデルを細胞内に浸透できるイタコン酸の派生分子で治療できるか調べて、期待通り炎症をほぼ完全に抑えることを明らかにしている。
もともとイタコン酸は細胞内で産生されており、食品安全委員会などから安全と認可された分子だ。したがって、この論文の結果はすぐに実際の臨床現場で調べ直すことができる。おそらく当面は、動物モデルで有効性を示すことができた乾癬の治療に使われるのではと期待される。難治性の乾癬もサイトカインの抗体などで抑制できるようになってきたが、もし細胞の中にある単純な代謝物にこれほどの効果があるなら、新しいメカニズムの治療として期待できる。本当の意味で
自然治癒の仕組みをうまく利用した、安全な治療法の開発が成功するか期待を持って見ていきたい。