今日紹介するノースカロライナ大学からの論文はニューロンとグリアが相互作用を行う3次元脳組織を作ることでアルツハイマー病の試験管内再現に挑戦した研究でNature Neuroscience7月号に掲載された。タイトルは「A 3D human triculture system modeling neurodegeneration and neuroinflammation in Alzheimer’s disease(3種類の細胞を3次元に構築した実験系によりアルツハイマー病の神経変性と神経炎症をモデル化する)」だ。
読んでみると、アルツハイマー病再現に必須のアミロイド沈着は2次元の神経細胞培養では、アミロイドタンパク質が培地中に逃げてしまって再現できないという問題があり、これをニューロン、アストロサイト、ミクログリアを集めて3次元組織を作れば再現が可能という至極まっとうな発想だ。ただこの為に特殊な培養シャーレを開発している。この系ではまず多能性の神経幹細胞を培養して、神経細胞とアストロサイトに自然に立体構造を作らせる。この3次元構造に中央のチェンバーから飛び出した傾きのある細いチャンネルを通してミクログリア細胞を自力で移動させ供給することで、活性化されたミクログリアだけが3次元構造に集まるようにしている。実際には、このような特殊なシャーレを用いる必要があるかどうかはわからないが、活性化されたミクログリアだけが集まるようにするには、このシャーレは必須の条件だと著者らは考えている。そして、この3者さえ集まれば基本的なアルツハイマーの病態が再現できるというのが、この論文のメッセージになる。
実際には遺伝的アルツハイマー病の原因になることがわかっている突然変異型βアミロイドを発現させた神経幹細胞を培養して、ニューロンとアストロサイトからなる3次元構造を構築させ、そこにチャンネルを通して活性化ミクログリアが分布する事で、Aβアミロイド分泌が高まり、しかも明確な組織炎症状態から神経細胞編成までミミックできる脳の3次元構造を再現できることを示している。
こうして構築した実験系では、ニューロンとアストロサイトの相互作用、そしてミクログリアの反応を必要ならビデオで追跡することが可能で、βアミロイドの凝集、タウタンパク質のリン酸化による凝集、炎症性サイトカインの分泌による神経炎症過程など、アルツハイマー病の成立に必要な素過程が全て再現され、変性神経細胞のミクログリアによる処理まで再現できることを示している。また変異アミロイド遺伝子導入神経幹細胞だけでなく、アルツハイマー病の神経細胞から樹立したiPS細胞を用いても同じような実験系を作ることが可能であることも示している。
結果は以上で、このような方法は広く使われて初めて意味があるが、この系は本当に役に立つのか、実際に実験を行なっているプロに聞かないとわからない。しかし最近この分野で相次いでいる治療薬開発からの撤退を聞く、と是非役に立ってほしいと願っている。