ところが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、バーコードを用いたsingle cell transcriptomeを用いることで、アレルギー組織での上皮の変化の様態について見事に示した研究で8月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Allergic inflammatory memory in human respiratory epithelial progenitor cells(人間の呼吸上皮前駆細胞に認められるアレルギー性炎症の記憶)」だ。
それにしても、single cell transcriptome解析の力は絶大だ。発生研究やガン研究についてだけでなく、アレルギーでもこれまで難しかった細胞の解析が可能になっているのを見ると、当分この方法での研究がトップジャーナルの紙面を賑わすだろう。要するに、予断を排して起こっていることを虚心坦懐に眺めることができる。
この研究では、様々なステージの鼻アレルギー患者さんの手術サンプル、あるいはを鼻粘膜を掻き取ってきたサンプルに含まれる個々の細胞のmRNAの発現を調べ、特にこれまで研究が難しかった上皮について何が起こっているのかを調べている。最初に示された18000個あまりの細胞の解析では、その発現プロファイルからほぼ完全に細胞の種類を特定できる。当然炎症の主役の血液系細胞はもとより、ストローマ細胞や上皮も同時に解析できる。著者らはこの解析の威力を示すために、プロスタグランジンD2合成系がマスト細胞だけに発現していることを示しているが、どの細胞の解析結果も新しいことが満載で、結果の解析と解釈にはまだまだ時間がかかると思う。論文ではアレルギー性炎症が進展するにつれて,インターフェロンタイプから、IL-4/IL13を中心にした炎症へと変化すること、そしてこの刺激の変化に対して、血液以外の細胞の状態も変化することが詳しく述べられている。ただ、全て紹介するのはあまりにも膨大なので、今日は詳細を省いて上皮についての結果だけを紹介する。
鼻粘膜上皮には分泌細胞や繊毛細胞を含む多様な細胞が存在し、これらはsingle cell transcriptomeを用いてほぼ全て特定できる。そして炎症が進むと、上皮細胞のうち繊毛細胞や腺細胞のような分化細胞が失われ、基底細胞が増殖することで、全体として上皮細胞の多様性が減少し、分化が途中で抑制された状態になる。この変化には、アレルギー性炎症の主役IL4/13シグナルの持続刺激だけではなく、不思議なことにWntシグナル刺激で誘導されるプロファイルも存在している。著者らは、Wntが炎症局所で誘導されるのではなく、IL-4/13の刺激によりベータカテニンが誘導されるためと考えている。また、試験管内で炎症が進んでポリープを形成している患者さんの上皮をIL4/13で刺激すると、正常の上皮と比べてきわめて限られた分子だけが誘導されることから、上皮の多様性が著しく制限されていることが明らかにされている。さらに、アトピー性皮膚炎の治療として抗IL-4抗体を投与された患者さんについても解析を行い、IL-4刺激が止まると、IL4/13刺激による上皮分化の抑制がある程度解除されることも示している。これらの結果から、IL4/13刺激により、上皮自体も強く影響を受け、特殊なステージに集約され、一種の記憶状態が成立するというのがメッセージになる。
他にも、この変化がクロマチンの状態に反映された安定的記憶になっていることを調べるために、やはり流行りのAttac-seqを使うなどこれでもかこれでもかと実験が行われており、読む方もなかなか頭がまとまらないのが問題だ。印象としては、データが多すぎて解釈が追いつかないというのが本当のところだろう。言い換えればまだ掘られていない菌が眠っているのと同じだ。このデータにアクセスできれば、誰にでも重要な発見ができるチャンスがあるように思う。