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9月16日:人間の造血動態(9月5日号Nature掲載論文)

2018年9月16日
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一人一人の個人のゲノムを知ることは社会のダイナミックスを知ることにつながるが、同じことは当然細胞が集まってできる個体内での長い時間にわたる細胞のダイナミックスも同じだ。ただ、これまで少ない細胞数で、十分なゲノム解析を行うことは簡単でなかった。その結果、細胞動態についての研究は様々な操作が可能な血液を用いて、ほぼ1世紀続いてきた。ただ、このような操作された個体の血液細胞動態は、ある種のポテンシャルを示していても、実際の体の中で起こっていることを反映しているのかは常に議論があった。受精卵からの発生過程でゲノムに必ず蓄積する突然変異を用いれば、造血システムの動態がわかるのだが、これまでは技術的に不可能だった。代わりにX染色体上にコードされた遺伝子の違い(アロタイプ)を用いて、私たちの体の血液がきわめて少ない数の幹細胞に由来することを示した英国の古典的研究をはじめとして様々な苦労が行われてきた。

今日紹介する英国サンガーセンターからの論文は、人間の血液動態を操作なしに調べるという英国の伝統がサンガーセンターのゲノム解析と合体した研究で9月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Population dynamics of normal human blood inferred from somatic mutations (突然変異から知ることができる人間の血液細胞のポピュレーションダイナミックス)」だ。

全ての細胞は、一個の受精卵から発生してくる。その間増殖と分裂を繰り返し人間では40兆個の細胞が出来上がる。私たちの細胞の分裂ではほぼ必ずゲノムの突然変異が起こる。これは全くランダムに起こるため、ある細胞の子孫はほぼ同じ突然変異を持っていることで特定できる。その結果、例えば2つの細胞が分化したのか、突然変異の分布を調べれば推定することができる。例えば、生殖系列の突然変異が共有するかどうかを遡ることで私たちの祖先が特定できるのと同じだ。

この研究では52歳の健康男性の骨髄を採取し、FACS で89種類の造血能を持つ細胞をソーティングしたあと、得られた様々な段階のsingle cellを試験管内でサイトカインとともに培養して増殖させ、クローン増殖できた細胞の全ゲノム解析を行っている。最終的に異なる表面抗原セットで特定できる89種類の細胞に由来する、140種類のクローンについてのゲノムデータを解析している。

人のゲノムに分裂ごとに突然変異が入ることがわかってから、いつか誰かがこのような研究を仕上げると思っていたが、ゲノムシークエンスで世界をリードするサンガーセンターから論文が出てきたのは納得だ。この研究は、140種類の血液前駆細胞クローンそれぞれの全ゲノムを解析できたという技術力が全てだ。

あとは、それぞれのクローンが蓄積している突然変異が、どの細胞同士で共有されているのかをコンピュータ解析し、系統樹を作ればいい。調べたのは血液細胞系列だが、当然変異は発生初期から起こる。この人の血液は、原腸陥入前に起こったと考えられる異なる2種類の変異で分けることができ、もちろん3胚葉に分化する前なので、同じ変異は口腔粘膜細胞でも認められる。

細胞の分裂回数を換算して計算される突然変異は、だいたい1回の分裂に1ー2個で、今後血液だけでなく体のあらゆる細胞で系統関係を調べることが可能になる。発生には今も系統関係について議論の多い分化経路が存在することから、single cell transcriptomeとともに、single cell genome解析により、ほとんどの問題が解決するような予感がする。

さて、分裂ごとの変異数が算定できると、140クローンがどのように分裂を繰り返して52歳の骨髄を形成しているかがわかる。シミュレーションを繰り返してその経過を推定すると、血液細胞は胎児期から幼児期にかけて急速に数が増え、大人になると定常状態に達して、一定の割合で自己再生が繰り返されることがわかる。この研究で調べられた140種類の細胞には血液のガンになるドライバー変異は存在しないが、一部の細胞は他の細胞よりより優位な分裂を繰り返すことができる変異を持っている。

こうして得られた140種類の前駆細胞の変異が、ではこのボランティアの末梢血に見つかるかを、骨髄採取の4ヶ月、および9ヶ月目に調べたところ、ほとんど見つけることができない。従って、今回骨髄で捕まえた変異はほんの一部のクローンであることがわかり、理論上中年の男性では数千以上の幹細胞が存在すると考えられる。また、分化した顆粒球は常に大元の幹細胞から作られており、骨髄には少なくとも45000から20万個の顆粒球を産生する幹細胞が存在し、少ない数の顆粒球系の幹細胞が入れ替わりたち代わり顆粒球を供給するのではないこともわかった。

最後に、血液学では今も議論されている、T細胞とB細胞のみへ分化できる、common lymphoid progenitorは存在するのかも調べており、B細胞と顆粒球へと分化できる前駆細胞は存在しても、50歳の人には、common lymphoid progenitorはまず存在しないだろうと結論している。

他にも、インフォーマティックスを駆使すれば、いろんな問題を解決できることができるだろう。今後はもっとゲノム解析した細胞数を増やすことで、より精度の高い系統解析ができると思う。従来の実験血液学が、ゲノム解析手法の進歩により、おおきく変わっているのが実感できた。