今日紹介するピッツバーグ大学の研究は1979年から2016年にかけての米国の人口統計を詳細に分析して、意図しない薬剤の過剰摂取による死亡について詳しく分析した論文で、9月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「Changing dynamics of the drug overdose epidemic in the United States from 1979 through 2016 (1979から2016年の米国での薬剤のオーバードーズのまん延に関する動態)」だ。
この統計には、医師の処方による薬剤過剰摂取以外に、中毒による死亡も含まれている。例えばコカインによる死亡は一時低下するが、これはコロンビアでの生産と密接に関わっている。2000年からの統計で見ると、現在問題になっている医師の処方による麻薬が原因の死亡数は全部で106193人で、それ以外の薬剤過剰摂取の死亡数は112480人と、処方麻薬の寄与率は半数程度だ。また、米国では医師とは無関係の薬剤過剰摂取による死亡はかなりの数に上る。
薬剤ごとに死亡数の変化を調べると、確かに2010年からヘロイン、合成麻薬による死亡率は急激に上昇しているが、この上昇より先に、薬剤の過剰摂取による死亡数は指数的に一貫して増加しており、単純に安価なヘロインの処方が増えた事だけがこの問題の背景にあるわけではないことがわかる。また、この数は2016年まで全く下がる気配が見えずに上昇を続けている。
この結果から、薬剤の過剰摂取の背景には、安易な麻薬の処方で説明がつかないアメリカ社会の病巣が潜んでいる可能性が高い。これを特定すべく、各薬剤について、人口統計的、地域的な傾向を調べているが、あまりにも複雑で残念ながら明確な原因は特定できていない。それでも、薬剤過剰摂取による死亡には20歳代と40歳代の2つのピークが見られ、このピークは白人でより明確で、この数は上昇の一途をたどっている。また、ヘロインによる死亡は白人では若年層に多く、一方黒人では高齢層に多い。これは他の合成麻薬と比べた時に、ヘロインの価格が安いことに起因している可能性が高い。いずれにせよ重要なのは、このパターンが決して最近の話ではないことで、かなり昔から同じ傾向が見られる。 この研究の問題は、データの信頼性だ。医師の処方によるとはっきりデータが出ていない場合でも、死亡数の人口統計は、医師により処方される麻薬での統計に類似していることから、この中には医師の処方から始まる麻薬中毒も含まれると想像できる。すなわち元のデータの質に、州ごとなどのばらつきがあるようだ。 このためか、データを示しているのに、地理的な統計についてはほとんど解釈が述べられてい。私の印象では所得の低い地域に問題が多いように見受けられる。ただ、各州の統計の信頼度が違うとすると、これについてはあまり参考にできないようだ。 このように、確かにまだまだ精密な統計データがないため、大きなトレンド以外にはよくわからないというのが実情だろう。従って、アメリカ社会の何が問題なのかはわからずじまいだ。確かに重要な問題だが、公衆衛生学の研究としては少し甘すぎる気がした。