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10月5日:自由意志の脳回路(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2018年10月5日
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デカルトの2元論、すなわち心と体 (わかることとわからないこと)を分けて考えることは、科学を宗教から解き放った点で、近代の根幹に今も位置している。



もちろん、デカルトが科学の対象から外した(すなわち神に任せた)心は、イギリス経験論、特にヒュームによる確信に満ちた神の否定の結果、居場所を求めてさ迷うことになる。しかし、彷徨うと考えるのは二元論を支持することを前提とした議論で、実際には分離すること自体が間違っている。しかし心を含め、分からないことがある以上、つねに「心」の領域は顔をのぞかせる。この時の一つの顔が「自由意志」があるのか?という問いだ。私の答えは、「私たちの脳はちゃんと自由意志の回路を持っており、今は100点ではないが、科学的説明は常に可能で、それも少しづつ進んでいる」になる。


今日紹介するテキサス・バンダービルト大学からの論文は私と同じで100点でなくても自由意志を脳回路で説明しようとした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは「Lesion network localization of free will(自由意志の脳領域の障害ネットワーク)」だ。


この研究では自由意志を、1)自発的に動く気持ちが失われる精神状態、および2)自己の行動に対する責任感、に分解し、このどちらかが障害される脳の局所的損傷を自分の症例について対応させている。


それぞれの症状とも、脳の1箇所に支配領域が限定されるのではなく、様々な脳領域の損傷がそれぞれの症状に対応する。これまでの考えに従って見たとき、自由意志を支える2本柱を支配する特定の領域はないという結論になる。しかしこの研究では、自由意志に関わる脳領域は、一見バラバラに存在するように見えても、必ず関連があるはずだと考え、それぞれの領域を、データベース化されている、安静時の脳内各領域の結合性と対応させると、自発的行動を障害する脳領域は、MRIで検出できる共通のネットワークに属している。すなわち、一見領域はバラバラに見えるが、実際にはほとんどの領域が一つの大きなネットワークを形成しているという結果だ。


とはいえ、自由意志が障害される脳損傷部位だけから結論を急ぐのは問題があると考えたのだろう。膨大なデータベースの中から脳刺激により自由意志に変化をきたす部位を集め、これらが損傷領域を繋ぐネットワークに乗っていること、さらには自由意志が侵される精神疾患患者さんの脳の活動に変化が見られる領域も同じネットワークに乗っていることを確認して、損傷領域から明らかにされるネットワークが、荒唐無稽なものではないことを強調している。


ではどんなネットワークかと良く読んで見ても、明確な答えが示されていない。もちろん、脳上にネットワークが描かれていても、それは太い筆で領域を塗ったと言った印象で、ネットワークを明示するには至っていない。はっきり言って、掛け声倒れの研究ではないかという印象を持った。


とはいえ、私はこのような研究がどんなに中途半端で終わっていても、強く支持したい。それは、自由意志もいつかは科学的説明(おそらく単純な回路図では済まない)が必ず可能であろうという信念で研究が行われているからだ。これからも、このような論文に出会えば、ぜひ紹介していきたいと思っている。