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遺伝子異常 卵子で一括診断 高い精度、命の選択懸念も(12月30日朝日新聞(大岩)記事)

2013年12月30日
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朝日の大岩さんは日本以外で行われた研究で市民の関心の高いものを選んで紹介しているようだ。今回も、基本的には北京大学で行われた卵子の単一核のゲノムを調べる研究について紹介している。論文は「Genome analysis of single human oocytes (一個のヒト卵子のゲノム解析)」とタイトルがついており、12月19日号のCell誌に掲載された、ハーバード大学と北京大学を兼任しているXieさんのグループの研究だ。この研究の根幹は、単一細胞のゲノムを正確に調べる事を可能にする新技術の存在だ。Xieさん達はMALBAC(方法の詳細は専門的なので省く)と言うこの新技術の開発者で、これまでも精子を含む様々な細胞を調べてトップジャーナルに続々論文を発表している。私たちの身体は約50兆個の細胞からで来ているが、どの細胞でも一個の細胞だけでゲノム遺伝子を正確に調べる事ができる様になると、個々の細胞の個性や、ガンの危険がどの程度早くから用意されているのかなどを明らかにできるため、様々な分野への波及効果が大きい。その意味では、MALBAC法の開発はこの分野への重要な貢献と言える。この技術を卵子について応用したのが今回の研究だ。材料としての卵子はこの方法の評価にとっての最高の応用問題だ。何故なら、受精後の一個の卵子には2つの極体と、2つの前核と呼ばれる別々の核が存在しており、この4種類の核は卵子が2回の減数分裂という染色体の数を減らす特殊な分裂過程で起こったゲノム変化の記録になっている。実際、この過程では染色体同士での交叉と呼ばれる種に取って重要な遺伝子の交換が行われる。また、染色体重複などの異常もこの過程で生まれる事が知られている。従って、この極体と、前核のゲノムを別々に解析出来るようになった事は基礎研究としても極めて重要だ。事実この研究のハイライトはまさにこの点で、卵子での染色体組み替えの様子や、そのためにヒト卵子に備わっている様々なメカニズムが現象的にではあるが明らかになっており、予想されている結果とは言え基礎研究として高く評価できる。

   さて、2個の極体は結局卵から排出され子孫に伝わる事はない。しかし、極体にはお母さんのゲノムの全て(第一極体)と、子孫に伝わらなかったゲノム(第2極体)が残っている。従って、両方別々に調べれば、卵に残った子孫に伝わるゲノム(雌性前核)の構成を予想できる。一種廃物利用により卵の雌性核の遺伝子診断が出来ると言う訳だ。朝日の大岩さんの記事はこの点を取り上げている。図入でうまくまとめてあり、特に新技術が使われている事も図を見るとわかるようになっている。ただ、単一細胞ゲノム研究が生殖補助医療にとどまらず、ガンなど多くの分野で如何に重要な技術であるかも紹介して欲しかった。Xieさん達もせっかく基礎的にも面白い結果を示しているにもかかわらず、ディスカッションではこの基礎的な結果はそっちのけで、生殖補助医療への応用ばかり強調している。このディスカッションを読めば、大岩さんが生殖補助医療部分を強調する記事にするのも仕方ないかもしれない。それを認めた上でそれでも、卵の遺伝子診断問題をデザイナーベービーに関連させるのは違和感がある。しかも専門医のコメントの中にこの言葉が使われるとよけいだ。この言葉はダーウィンの進化論の根幹に関わる問題なので議論は控えるが、デザインすると言う前向きの過程と、異常を見つけて選択すると言う後ろ向きの過程の間に横たわる大きなギャップを認識すると、軽々にデザイナーなどと言う言葉は使えない。デザイナーと言う単語の問題は、反ダーウィン主義の人達がよりどころにしている「インテリジェントデザイン」と言う言葉を見ても明らかだ。最後に一言。見出しはひどい。前回の自閉症に対するオキシトシンの効果についての朝日の記事もそうだった。ただ、友人から見出しはデスクがつけると聞いた。従って、大岩さんや今さんの問題ではなく、デスクの責任だろう。やはり見出しも記者が書いて欲しい。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    MALBAC:single cell解析。
    個々の細胞の個性や、ガンの危険がどの程度早くから用意されているのかなどを明らかにできるため、様々な分野への波及効果が大きい。

    ガンとガン免疫の関係理解にも必須です。

    革新的技術の起源、興味深いです。

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