ところが今日紹介する論文では、なんとミュンヘン大学のグループが、galactosyltransferase をノックアウトし、CD46とThrombomodulin遺伝子を導入した豚心臓を猿に移植し、なんと3年近く945日間も生かすのに成功したという論文がNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Consistent success in life-supporting porcine cardiac xenotransplantation(生命を維持できるブタ心臓移植の着実な成功)」だ。
この研究で使われた豚は、異種移植の最大のバリアーとして立ちはだかる糖鎖抗原をgalactosetransferaseのノックアウトで除去し、ヒトCD46により補体活性を抑制するとともに、ヒトthrombomodulinを発現させて凝固を抑えた、基本的には急性期を乗り越えることを最大の目標に作られた豚で、慢性のいわゆる移植片拒絶は抑制されているわけではない。おそらく他のグループが開発している豚も似たり寄ったりだろう。従って、勝負は移植を行った時に発生する様々な問題に対処していく経験的対処が必要になる。この研究でも、同種心臓移植などこれまでの経験から慢性の拒絶反応は十分制御できると考えられ、ドナーについてはこれ以上の改変を加えず、あとは実地にサルを用いた移植手術を行いながら、生存を伸ばすための条件をトライアンドエラーを繰り返して決める手法がとられている。従って全ての移植では、まず徹底した免疫抑制の下で移植が行われている。
まず一般的に同種移植で用いられる臓器保存液に浸したあと移植する、人間で用いられているのと同じ方法でサルに移植すると、移植後1、3、30日にそれぞれレシピエントが死んでしまった。この最大の問題が、手術直後の心臓機能不全にあると診断し、次の段階心臓を切り出した後血液を還流させる方法で移植まで臓器を保護する保存方法で維持された心臓を移植している。この結果レシピエントの生存は少し改善し、18、27、40日間生存した。もちろん実用に移れる結果ではないので、異常の原因を調べると、心臓の拡張能力が失われることがわかった。わかりやすい言葉で言ってしまうと、固くなっている。また、その結果の心臓細胞障害も起こっており、微小血管障害が進み、肝臓の臓器障害が起こっていることが分かった。
そこで初期からコルチゾンを中止し、拡張期血圧が80以下になるように(サルでは一般的に120程度)になるよう維持し、その上で心筋の増殖を抑制するためのmTOR阻害剤temsirolimusを加えて経過を調べた。50日目にリンパ浮腫を起こした一匹を除くと、心臓は無事に生着するようになった。組織検査のため、3ヶ月目に2匹を安楽死させ、組織変化を調べると、ほとんど正常で、心筋のmTORの活性も低いことが確認できたので、約5−6ヶ月目にtemsirolimus投与も中止、経過を見ている。そのうち1例は拡張期の機能不全の兆候を示したので剖検を行い、微小血管障害による心臓細胞の障害と、肝臓のうっ血による障害を見ているが、他のサルは特に異常を示さず、最後の一匹は945日を超えて生存しているという結果だ。 この研究の勝利は、猿と豚の循環動態の違いを埋める臨床的方法として、血圧を下げるだけでなく、mTOR阻害剤を使うことに思い当たった点で、遺伝子操作が最小限に抑えられた心臓でも、医学的な経験を重ねれば、3年は正常に機能する事を示された。この分野はあまりフォローしていなかったが、異種臓器を移植に使うという点では、画期的な論文だとおもう。本庶先生の免疫治療もそうだが、20世紀後半に撒かれたタネが、また一つ収穫期に入ってきた感を持った。