そんな一例が、12月13日号のCell に掲載されていたので紹介しよう。カリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文でタイトルは「Genome-wide CRISPR Screens in Primary Human T Cells Reveal Key Regulators of Immune Function (ヒトの一次T細胞を用いた全ゲノムレベルのクリスパースクリーニングにより免疫機能の重要な調節因子が明らかになる。)」だ。
ノーベル賞受賞理由にも詳しく述べられていたが、T細胞活性化には抗原刺激だけでは活性化が不十分で、抗原と同時にco-stimulatory分子によるアクセルを蒸す必要がある。勿論免疫反応は上がりっぱなしでは大変なことになるので、次にCTLA4やPD-1をはじめとする抑制分子により、反応が収束するようにできている。PD-1やCTLA-4はその中でも効果が高いブレーキ役だが、もちろん他にもさまざまな分子が存在している。また、アクセルからブレーキへの転換も、細胞内の転写調節で起こることが予測できる。従って、アクセル局面とブレーキ局面で働く分子を網羅的に同定し、免疫治療の効果をさらに高めようとする試みが行われるのは当然のことだ。
この研究ではこの分子スクリーニングをクリスパーを用いて行なっている。言ってみれば流行りのシステムを2つ組み合わせた研究と言えるかもしれない。もちろん、さまざまな改良を加えている点、ヒトの正常T細胞を用いている点は、はっきりと臨床応用を視野に入れているのがよくわかる。おそらく条件ぎめに時間をかけていると思う。その結果この研究では、Cas9は普通行われる遺伝子導入ではなく、組み換えタンパク質を細胞へ電気ショックで導入している。、ガイドRNAはレトロウイルスベクターを用いて8万種類ぐらい導入している。 これにより、原理的に2万種類の遺伝子がノックアウトされた細胞ができるが、この細胞集団を刺激して増殖する分画と増殖できない分画に分け、それぞれで濃縮された遺伝子ノックアウトを調べている。増殖した細胞に濃縮されるのは、ブレーキ役の分子で、逆に増殖しない細胞で濃縮するのはアクセル役の分子になる。
こうしてリストされた遺伝子の効果を、なんとバーコードを用いたsingle cell profilingで確かめており(もともとレトロウイルスで導入したガイドも検出されるので、確かにクリスパーと相性がいい)、流行りに敏感な研究グループだとわかる。この研究では、ノックアウトすると細胞がより増殖するブレーキ役の遺伝子を重点的に調べ、最終的に4種類の分子を特定している。リストされた遺伝子を改めてノックアウトすると、T細胞の増殖が高まるだけでなく、キラー活性も高まっていることから、これらの分子はT細胞全体の活性化に関わっていることがわかる。
さらに、別のスクリーニングを行い、T細胞の活性を抑制するシグナルに対抗する分子のスクリーニングにも利用できることまで示しているが、今の所ではこれらの分子が臨床に使える標的としてどう発展するのかははっきり示せていない。個人的には、結局それほど内容のない研究で終わっているように感じたが、それでもCellは論文を掲載しており、現在のガン免疫研究の過熱ぶりがよくわかる。このように、我が国の静けさをよそにがん免疫治療のフィーバーは当分治りそうもない。