同じ心房細動をきたす危険性の多いのが心臓手術で、心臓の外科手術の後にはベータブロッカーを手術前後に投与して心房細動の発生を防ぐことがルーチンになっている。今日紹介するロシアのシベリア地区3病院と、米国の4病院という不思議な取り合わせのグループがHeart Rhythmに発表していた論文は皮膚のしわ取りに用いられるボトックスを手術後心筋の周りの脂肪組織に注入することで、心房細動の発生を強く抑えることができることを示した論文で、今後術後だけでなく、一般的な心房細動にも利用されるのではないかと期待できる方法の開発研究だ。タイトルは「Long-term suppression of atrial fibrillation by botulinum toxin injection into epicardial fat pads in patients undergoing cardiac surgery: Three-year follow-up of a randomized study (心臓手術後の心房細動の発生を心臓の周りの脂肪組織にデトックスを注射することで長期間抑えることができる)」だ。基本的には外科医の関心事で一般の人には関係がないのだが、シワ取りのボトックスを心臓にという意外性もあるので紹介することにした。 この研究では、バイパス手術を受ける患者さんで、心房細胞の既往がある60人を、無作為に30人づつに分け、心臓バイパス手術の間に、心臓の周りの脂肪組織4箇所に、ボトックスあるいは偽薬を注射し、その後の心房細動を含む心房性の頻脈のが起こるか、30日目、1年目、3年目で比べている。
結果は上々で、偽薬群では手術直後から頻脈の頻度が持続的に上昇を続けるのに、ボトックス群は1年目まで全く発症がない。ボトックスを注射した群ではその後遅れて頻脈が発生するが、発生率は低く、2年半以降に頻脈が起こる新たな患者は見られない。発生が見られなくなる3年目で最終結果見ると偽薬群は50%の頻脈の発生率だったが、ボトックス群では頻度は半減し25%で止まっていることがわかった。また一般的頻脈だけでなく、心房細動に絞っても見ているが、ボトックス群は半分以下に抑えられている。さらには術後発生した心臓発作が偽薬群では2名発生したが、ボトックス群では全く出ていないことも記載されている。大成功といえる結果だ。
次に、心房細動が起こりやすいリスクファクターを調べると、なんと糖尿病がダントツで高いリスクファクターで、次が男性のほうが術後の頻脈が起こる確率が高いことがわかった。したがって男性で糖尿病の心臓手術にはボトックスを考えたほうがいいという結果になる。
結果はこれだけで、最初はボトックスの本来の機能である神経活動抑制作用を用いて心臓手術後短期に起こってくる頻脈を抑制しようとした研究だったが、期待以上で、長期の結果もはっきりと改善したという結論になる。残念ながら、現在の投与法では、一般のアブレーションには利用できない。メカニズムを解明して、カテーテルで投与できるプロトコルが開発されたら、かなり期待できると思うが、可能だろうか。