正月なのにめでたい話が出来ないのは残念だ。しかし、病気になると盆も正月もなくなる。出来るだけ多くの情報を届ける事を今年も心がけたい。しかし、今日紹介する論文は、明らかにされた事実に戸惑う典型だ。論文は先週サイエンス誌のオンライン版に掲載されたグリオーマのゲノム研究で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校を中心に我が国からは東京大学のゲノムサイエンス研究室や脳外科等も加わった国際共同研究だ。タイトルは「Mutation analysis reveals the origin and therapy-driven evolution of recurrent glioma (再発グリオーマの起源や治療により誘導される進化が突然変異解析で明らかになった)」で、これもガンのエクソーム解析の例で23例のグリオーマを発生時と再発時で比べている。私はこれまで、ガンのエクソーム解析によりうまく行けば次の手を打つチャンスがある事を強調して来た。この背景には、再発してくるがんは、元のがんが時間とともに新しい変異を積み重ね進化した結果だという考えがある。しかし、同じ話は低グレードグリオーマでは通用しないことがこの論文で明らかにされた。グリオーマと言うと悪性で予後の悪い腫瘍の代表だが、その中で低グレードグリオーマは進行も遅く、手術が治療の中心になる腫瘍で、患者さんも手術を繰り返しながら長期に生存される事が多い。ただ、なかなか完全に切除する事が困難で、再発・再手術が必要な事が多い。このゆっくりと進行するグリオーマの再発はただの取り残しなのか、あるいはグリオーマが進化して新しい突然変異を蓄積しているのかということをこの研究は調べている。結果は、驚くべき物だ。まず、最初切除された腫瘍と再発腫瘍に明らかな連続性が見られる(即ち多くの同じ遺伝子突然変異を共有している)ケースもある。しかし、半分(43%)近くの再発腫瘍では1−2の遺伝子変異は別として、最初切除した腫瘍の持っていた突然変異とは全く異なる遺伝子が突然変異を起こしていたという結果だ。更に重要なのは、初回手術後テモダールというお薬を投与した10人の患者さんのうち6人で、薬剤を投与しない場合には見られないより悪性のグリオーマへの進化を示す遺伝子の変異が誘導されており、この治療がより広範な突然変異を誘導してしまう事を示した結果だ。残念ながら今回の研究から、この腫瘍がゆっくり進行するとはいっても発見時に既に多様な腫瘍細胞が脳内に撒かれている厄介な物で、これまでの方法では、その中から別の細胞が選ばれ再発する事を防げない事、そしてアルキル化剤の投与は突然変異を誘発して逆行化である事がわかってしまった。物事が明らかになる事で気分が暗くなる典型の仕事だが、ただ光がない訳ではない。例えばIDH1遺伝子突然変異のように初発腫瘍から再発腫瘍まで共通に見られる変異もある。今後はこのような標的の機能を調節する治療の開発が待たれる。
腫瘍生物学としても大変興味深い結果だと感じました。
1:最初切除された腫瘍と再発腫瘍間にで、多くの同じ遺伝子突然変異を共有されているケースもある。
2:半分(43%)近くの再発腫瘍では1−2の遺伝子変異は別として、最初切除した腫瘍の突然変異とは全く異なる遺伝子が突然変異を起こしている。
3:初回手術後の薬物療法:テモダール療法が、薬剤を投与しない場合には見られない、より悪性のグリオーマへの進化を示す遺伝子の変異を誘導している可能性も示される。
→ゲノム医療によって明らかにされる腫瘍細胞の正体だと思います。常識外の事実が明らかに。