神経細胞発生は細胞学と発生学が交わる総合的な研究領域として多くの研究者を引きつけてきた。教科書にも美しい図が示されているように、脳神経細胞は脳室内で増殖を続ける幹細胞が上皮から離れて移動することで形成される。この時、細胞が分裂する方向(極性)が変化し、細胞が幹細胞と分化細胞に不等分裂し、移動するが、これらの過程は全て細胞自身の振る舞いを理解する細胞学の古典的な対象になってきた重要な過程だ。
今日紹介するドイツミュンヘンにあるヘルムホルツセンターからの論文は神経幹細胞で見られるこの一連の過程をオーガナイズするカギになる分子AKNAを特定した研究でNatureオンライン版に掲載された。
この研究では、脳神経が出来る脳室下帯形成時期に発現が高まる分子としてAKNAに焦点を絞り、まずこれに対するモノクローナル抗体を作って脳室下帯を染めて、これまで転写因子と思われていたAKNAが中心体に存在するという予想外の発見をする。この発見を手掛かりに、この分子の機能を、極めてオーソドックスな細胞学的手法を用いて丹念に調べた論文で、古典的すぎて逆に新鮮だ。例えば、遺伝子ノックアウトや過剰発現を遺伝的に行うのではなく、子宮内で脳室めがけて遺伝子を電気的に細胞内へ導入するという方法を使っているのがその典型で驚く。その上で、神経分化の一連の過程でのAKNAの役割を明確にしようと膨大な実験を行なっている。詳細を省いて、この研究から生まれたシナリオだけを紹介しておこう。
- まず分裂する神経幹細胞が上皮から離れるいわゆるEMTが始まる時期に、Sox4によりAKNAの転写が上昇する。
- AKNAが欠損すると神経細胞は上皮から動けず増殖を繰り返す。一方、強制発現させると上皮からの離脱が促進する。また、時期を変え、上皮から離脱後に発現が変化しても分化に影響しない。すなわち、上皮からの離脱の短いタイミングでだけ機能している。
- もともと神経細胞では微小管は中心体とは別の場所を中心に組織化されることで、特別な形態を作ることができている。ここにAKNAが発現してγTuRCやCPAP5を中心体にリクルートすることで、微小管の組織センターを中心体に引き戻し、細胞の極性を決める。
- さらに細胞膜下で微小管を細胞接着装置に結合させているCAMSAP3を中心体の方に引き戻すことで、接着装置と微小管の結合を弱め、上皮からの離脱を助ける。
- その結果、神経細胞は上皮から離れ、移動しながらニューロンへと分化する。
というシナリオだ。繰り返すがオーソドックスな細胞学的手法を駆使して到達した大変面白い仕事だと思う。
と褒めすぎたが、この論文は現役時代に交流のあったMagdalena Goetzの研究室からで、彼女ならと納得するが、筆頭著者はミュンヘン大学の学生時代半年間私たちの研究室にインターンシップとして在籍したGerman Camargo Ortegaの論文だ。原則として、どんなに素晴らしい仕事でも、身内の研究は紹介しないと決めているが、Germanの学位と聞いていたので、禁を破って祝福したいと思う。(写真真ん中がGerman君で、左はヒトES細胞を最初に作成したイスラエルのItskovitz)