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自閉症の科学27:腸内細菌叢を操作して自閉症を改善させる

2019年8月25日
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ASDの消化管症状

2017年Autism Speaksから発表された「自閉症の健康」と題されたレポートを紹介した。その中でASDでは高頻度に慢性の消化管症状が(便秘、下痢)みられ、生活の質が著しく低下することが書かれていたが、「本当に困っており、この記事を読んで納得した」と多くのメールをいただいた。

このとき、消化管症状の原因が腸内細菌叢の異常で、治療のために健康人の便を移植する治療が始まっていることも紹介した。もちろんこの治療の主要目的は消化管症状の改善だが、消化管刺激によりASD自体の症状が悪化している可能性も高く、消化管以外の症状を改善できる可能性が期待できる。

この期待を裏付ける2編の論文が今年に入って相次いで発表されたので、自閉症の科学27として簡単に紹介しておくことにした。

ロイテリ菌の力

わが国では、多くの企業が乳酸菌やビフィズス菌についてその効能を謳った宣伝を毎日繰り広げている。あまりに多すぎて、乳酸菌という言葉が効能のシンボルとして使われ、消費者も乳酸菌やビフィズス菌と枕詞がついておれば、実際の効能はほとんど気にしないで食べていると思う。かく言う私も、特定のヨーグルトを毎朝食べているが、そこに書かれている効用など気にしたことはない。

当然企業側も効能については臨床試験を行い、科学雑誌に結果が掲載されたことを強調して宣伝に勤めてはいるが、私の知る限りほとんどの菌株についての研究は、トップ科学ジャーナルに掲載されるまでには至っていない(小児の壊死性腸炎抑制効果を調べた大規模治験で某会社の菌株が効果がなかったというThe Lancetの論文はある)。

しかし一つだけ、Nature(http://aasj.jp/news/watch/7695)やCell(http://aasj.jp/news/watch/5406)といったトップジャーナルにも掲載されている例外の菌株がある。それはロイテリ菌で、私のブログでも紹介した。また国際的治験登録機関であるClinical Trial Governmentに登録された治験がなんと154にも及んでおり、科学的な効果の検証が続いていることをうかがわせる。

岡山の乳業会社がロイテリ菌をライセンスして市場に提供していることをアナウンスした新聞広告を見たことがあるが、「この菌の効能に関しては数多くの論文がすでに存在しています。」とだけ書いてるのを見て、ある意味で新鮮な感じがした。実際、ロイテリ菌をキーワードにメドラインサーチをかけると、4000近い論文がリストされる。このまま研究密度の格差が開き、臨床治験の結果がトップジャーナルに掲載されていけば、ロイテリ菌にプロバイオが席巻される可能性すらあるように思う。

ロイテリ菌が自閉症に効果がある

この菌を有名にしたのは、子供の夜泣を抑えるなど神経系への効果の存在だ。そんな中、2016年ロイテリ菌が自閉症スペクトラムのマウスモデルの社会性を回復させるという驚くべき論文が米国から発表され、私のブログで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5406)。この論文では、肥満マウスから生まれたマウスが示す、ASDに似た社会行動異常が、腸管内のロイテリ菌の存在だけで説明できるという話で、しかもロイテリ菌がもともと自閉症に効果があると期待されているオキシトシン分泌を誘導して社会性を回復させることを示していた。

ただ肥満マウスから生まれた子供の社会行動異常は、ASDモデルとしてはあまりに特殊で、遺伝的なモデルも含め、さまざまなASDモデルでも同じことが言えるのか調べる必要があった。

今日紹介する論文は、同じテキサス・ベイラー医科大学からの論文で、まさに様々なマウス自閉症モデルを用いて、2016年の論文結果を確認し、ロイテリ菌の効果が様々なASDにも期待できることを示唆している(Sgritta et al, Mechanisms Underlying Microbial-Mediated

Changes in Social Behavior in Mouse Models of Autism Spectrum Disorder(ASDのマウスモデルの社会行動の変化の背景にある細菌叢を介するメカニズム) Neuron 101:246, 2019)。 

この論文では、Shank3Bという遺伝子が欠損したマウス、自閉症様行動の多発するBTBR系統の2種類の遺伝的モデルを用いて、ともに腸内でのロイテリ菌が低下していること、また行動異常をロイテリ菌を飲ませることで回復させられることを示している。一方、他の腸内細菌は社会性の異常とは全く相関しない。さらに、妊娠マウスにHDAC阻害剤を投与して誘導する、後天的自閉症にもロイテリ菌が効果を示すことも示している。この結果、少なくとも4種類の様々な自閉症モデルでロイテリ菌の症状をおさえる効果が確認されたことになる。

あとは、メカニズムを詳しく調べ、

  1. 社会行動異常を正常化する効果は全てロイテリ菌で説明できる。
  2. ロイテリ菌はオキシトシン分泌促進を介して、この効果を発揮する。
  3. この作用は中脳のドーパミン神経の興奮調節を介しておこる。
  4. ロイテリ菌の腸内での作用は迷走神経の興奮を誘導して、オキシトシン分泌を誘導、その結果症状を改善させる。

を明らかにしている。

結果は以上で、2016年に紹介した時、結果が綺麗すぎてにわかには信じがたいと言ってしまった研究結果をさらに深めることができたように感じる。

だとすると、ぜひ実際のASDの人たちの社会症状を改善できないか確かめてほしいと思う。ClinicalTrial Gov.を見ると、まだリクルートは始まっていないが、計画については登録されているので、期待できるように思う。実際ロイテリ菌はFDAで安全性が確認され、夜泣きの乳児にも使われてきたプロバイオティックスでおそらく治験へのハードルは低いと思う。そして早く、どのタイプのASDに効果があるのか、結果を出して欲しいと思う。

便の細菌叢移植によるASD治療

ASDを腸内細菌叢から治療する試みが進められていると最初述べたが、その例が先週Scientific Reportsに掲載された(Kang et al, Long-term benefit of Microbiota Transfer Therapy on autism symptoms and gut microbiota (細菌叢移植の自閉症症状と腸内細菌叢に及ぼす長期的効果)Scientific Reports 9:5821,https://doi.org/10.1038/s41598-019-42183-0)。

オープンアクセスの雑誌で、詳細は論文を直接見ていただくとして、ここでは方法と要点だけを手短にまとめておく。

専門家により診断が確定した18人のASD(7ー17歳)の児童に、まず抗生物質ですでに存在している腸内細菌を叩き、その後下剤をかけて全て排出させた後、健康人の大便から分離してきた細菌をカプセルに入れて投与、この時胃酸を抑制して細菌叢が町へ到達できるように配慮している。ただ、大腸には届かないと考えられるので、一回内視鏡下で同じ菌を移植している。

この論文は治療後2年目の中間報告になるが、

  1. 消化管症状は6割の子供で著しく改善した。しかし4ヶ月目と比べると、少し症状が再発気味。
  2. 専門家による診断スコアを指標にしたASD症状もはっきりと改善が認められ、こちらは4ヶ月より2年目の方がさらに改善がはっきりしている。
  3. 消化管症状の程度と、ASD症状の程度は相関している。

が結果で、かなり有望な治療法になりうると結論している。

この論文では、ロイテリ菌の増減については言及されておらず、健常人の細菌叢という以外は、はっきりとした原因菌が特定できているわけでは無い。また、対照群を置いていないオープンラベル治験なので、偽薬効果を見ている懸念は払拭できない。したがって、ロイテリ菌も含め早期に、対照群を設定した治験を進めてほしいと思う。

とはいえ、個人的な勘だが、細菌叢からASDを治療する方向性は有望というだけでなく、ASD症状理解にもこの方面の研究が大きく寄与するのではと思っている。

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