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9月28日:イヌイットの寒冷地適応(9月18日号Science掲載論文)

2015年9月28日
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進化をその時間経過を追って経験することはほとんど不可能だ。分裂速度が速い大腸菌でも、レンスキーたちのNature論文(vol489, 513, 2012)によれば、全く新しい形質が生まれるまでに25年もかかっている。このため我々が進化を実感できるのは、長い時間の進化の結果としての多様性を実感するときだ。ただ、ダーウィンの時代と違い、私たちは多様性の背景にあるゲノムの多様性を相関させることができる。特に形質の違いとしてしっかり認識できる民族のゲノム解読が進んだおかげで、ダーウィン進化論を肌で実感できるようになってきた。今日紹介するロンドン大学からの論文は多様化した集団の自然選択過程を調べた研究で9月18日Scienceに掲載された。タイトルは「Greenlandic Inuit show genetic signatures of diet and climate adaptation(グリーンランドのイヌイットには食事と機構への適応の痕跡がある)」だ。イヌイットはアメリカ原住民と共通祖先を持ち、北極圏の寒冷地に何千年も居住してきた民族で、グリーンランドに住む民族は1000年前に現在の土地に移ってきグループだ。オメガ脂肪酸を含む魚とアザラシの肉が中心の食生活を送っており、寒冷地適応とともに、大きな選択圧を形成してきたと考えられる。アザラシの油を多く取り、野菜とは無縁の生活をしていると考えるだけで現代人は不健康だと思うが、彼らは健康だ。これまでもブドウ糖摂取に関わる遺伝子の変異の存在が指摘されていた。この研究では、代謝に特化したSNPアレーを用いて、グリーンランドに居住するイヌイットの内、ヨーロッパ人のゲノム流入が5%以下の人を選んで調べ、これまで調べられた欧州人や中国人の結果と比べ、イヌイットに特徴的なSNPを探索している。様々な遺伝子でイヌイットに特徴的な一分子多型を見つけているが、一般の人の興味を最も引くのは11染色体のFADS1,FADS2遺伝子にイヌイットに特徴的なSNPが存在するという結果だろう。特にFADS2は脂肪酸を不飽和化して、生物活性のある脂肪酸(例えばアラキドン酸)に変換する酵素で、ドンピシャの遺伝子に落ちてきたと言える。実際この領域のSNPの一つは、欧州人の血中脂肪酸のレベルと相関することも知られている。脂肪代謝の指標と相関するのは当然として、意外なのはこのSNPがなんと身長に強く相関しているという発見だ。同じ相関は欧州人の身長でも認められる。これらの結果から、脂肪酸を不飽和化する酵素の存在する領域の変異が魚類やアザラシから多くの脂肪を摂取するイヌイットの代謝を代償し、私達から見たら不健康そうな食事でも健康を保てるよう選択されていると結論している。さらに、身長との相関については、これらの酵素により生成される生物活性のある不飽和脂肪酸が成長ホルモンの分泌に影響した結果だろうと結論している。実際の進化の時間を推計すると、この選択はイヌイットがグリーンランドに移住するよりは遥か昔に極寒の地に適応し始めた時から起こったのだろうと推定している。この研究も一例にすぎないが、様々な民族のゲノム研究を見ると、ゲノムの多様化と環境に合わせた形質の選択により、新しい民族が作られていることを実感する。おそらくダーウィンもこんな日が来るのを夢見ていただろう。

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