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8月24日:近代的化学発ガン実験(Nature Cell biologyオンライン版掲載論文)

2016年8月24日
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    分子生物学が発展する前の発ガン実験というと、山極勝三郎から始まる化学発ガン実験か、ラウスから始まるウイルス発ガン実験だった。しかし、遺伝子操作技術の開発は状況を一変させ、細胞や個体に発がん性を調べたい遺伝子を順番に導入して自由にガンを発生させることができるようになった。その結果、トップジャーナルに化学発ガン実験が登場することはほとんどなくなった。
   その意味で今日紹介するサンガー研究所からの論文は久しぶりに化学発ガン物質による食道ガン誘導を行った研究で懐かしい気がした。著者を見るとPhil Jonesだ。彼は医学部卒の皮膚ケラチノサイトの研究者で、流行からは一線を置いた研究を続けており、化学発ガンを使うとは彼の仕事らしいと納得した。
   タイトルは「A single dividing cell population with imbalanced fate drives oesophageal tumor growth (運命決定のバランスが狂った増殖細胞によって食道癌が増殖する)」で、Nature Cell Biologyオンライン版に掲載された。
   化学発ガンと言っても、山極・市川のようにコールタールを塗り続けて3年というわけにはいかない。この研究はガンの治療に使われる特異性の低いキナーゼ阻害剤ソラフェニブの副作用が皮膚や食道のガンを誘発するという臨床的事実からスタートしている。おそらく医師であるJonesの一つの興味はこの機構の解明ではないかと推察する。従って、この研究もこの興味から派生したような気がする。
   実験ではまず、ソラフェニブを全身投与したマウスの食道を調べ、細胞が多いスポットができることを確認、増殖能力を持つ子孫細胞が少しだけ増えることがこのスポットの原因であることを確認している。
   次に定番の化学発ガン剤ジエチルニトロサミン(DEN)を飲み水とともに与えると、今度は細胞の異形成を伴う前癌状態が起こる。しかし、結局3ヶ月ぐらいの実験ではガンにならない。そこで、発ガン遺伝子KRASを遺伝子操作で発現させ、ようやく致死的なガンを発生させている。
   いずれにせよ、増殖上昇、前癌状態、ガンと3段階の異なるステージを作ることに成功した。あとは、このグループの得意中の得意の、細胞動態解析を様々な遺伝的テクノロジーを使って行っている。
  例えば、4色に染め分けられる遺伝子を別々の細胞に発現させ、増殖異常を誘導する方法で、前癌状態が複数のクローンからできていることを示している。
  ただ、重要なのは細胞分裂についての動態解析で、発現させた蛍光物質が細胞分裂で薄まる方法を利用して、各段階を通して起こっているのは分裂能を持った細胞がほんの少し多めに作られ、分化が少し減ることが前癌状態からガンを通して見られる動態異常であることを示している。
   これが実際の食道癌にも当てはまるかは今後の問題だろう。しかし、細胞死が抑えられるわけでもなく、ガンの幹細胞を中心とした階層があるわけでもないというこの系の特徴を知った上で、食道癌を見直してみることは、何でもかんでもガンの幹細胞を引っ張り出す現状を考えると重要だ。
    また、食道癌の前癌状態とも言えるバレット症候群でKRAS遺伝子の変異が報告されているが、この研究から、3ヶ月ぐらい発ガン剤を投与しても、そう簡単にRAS変異が入らないこともよく理解できた。
   それなりに面白いのだが、読んでみて、ソラフェニブの恐ろしい副作用のメカニズム解明の過程で、わかっているところでまとめておこうという印象を与える論文だった。この目的を達成した論文が出るのを待とう。

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