8月28日:アンチ・クリスパーの作用機構(9月7日号発行予定Cell掲載論文)
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8月28日:アンチ・クリスパーの作用機構(9月7日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月28日
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我が国では倫理議論だけが先行しているCRISPRだが、生物学としてもますます深化が進んでいる。この中心になっているのが、この技術の創始者の一人カリフォルニア大学バークレイ校のDoudnaさんで、実際この研究室から出てくる論文は、応用を競っている世の中とは少し違って、CRISPR/Cas自体の生物学を深めながら新しい技術可能性を示す、高みから世間を眺めているようなスタイルだ。

CRISPR.Casはウイルスに対する防御として細菌、古細菌を問わず分布しているが、標的になったウイルスの方でも当然防御システムを開発する。これが抗CRISPR(Acr)で、よく知られているのが細菌のメカニズムをそっくり拝借して、細菌がコードするクリスパーを壊してしまう方法だ。ただ、この方法は新しいメカニズムではないため、新しい技術につながらない。これ以外にこの防御をかいくぐる方法としては、Cas9のDNA分解活性を抑制する方法と、転写されたクリスパーRNAを標的にする方法が理論的に存在するが、前者だけが見つかっている。今日紹介する論文はCas9のDNA分解活性を阻害することがわかっているナイセリアのAcrIIの作用機序を調べ、新しい技術への発展可能性を示した論文で、「A broad-spectrum inhibitor of CRISPR-Cas9(広い範囲のCRISPR-Cas9をカバーできる阻害分子)」だ。

これまでAcrIIにより阻害されることがわかっているCas9の系統を調べると、特定の系統に限局されていないため、AcrIIは広くCas9の阻害剤として使える可能性がある。この研究では、まず阻害活性の特異性から調べ、AcrIIC1は様々なCas9に、一方AcrIIC3はナイセリアのCas9特異的に阻害することを明らかにしている。

次にそれぞれの阻害活性の分子メカニズムを調べている。深い細菌についての知識に裏付けられたプロの実験で、伝統的生化学と分子の構造解析を組み合わせ、
1) AcrIIC1はまずDNA結合にかかわらずCas9に結合すること、
2) AcrIIC1はCas9の標的配列への結合を阻害しないこと、
3) 最初にガイドRNAと結合しているHNH 分解活性を阻害し、その後でもう片方のDNAを分解するRuvCを阻害すること。
を明らかにしている。

多くのCas9を阻害できるのは、HNHの構造がCas9の間で保存されているからで、ガイドによるDNAへの結合は全くそのままで、DNA分解のみ阻害する、しかも分子量の小さな分子は、様々な目的の遺伝子操作に大きな力を発揮するだろう。

一方AcrIIC3の方は、Cas9に結合して構造を変化させ、Cas9が重合し、その結果DNAに結合しないことを明らかにしている。

もちろん技術だけでなく、強いAcrに抗して、新しいCasシステムがどう進化したのかも興味が尽きない。ノーベル賞をもらうことは間違いないが、受賞後も休みなく重要な生物学的貢献を続けることができる創意と知識を持ったグループだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ