8月25日:最近の臨床雑誌で気になった論文紹介
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8月25日:最近の臨床雑誌で気になった論文紹介

2017年8月25日
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1日に2つ記事を書くのは初めてだが、アフリカ旅行中に抜けた7月14日(驚くことにフランス革命記念日だ)を取り戻す意味で、先週読んだ臨床雑誌から気になった論文をそれぞれ短く紹介しておく。

乳がん検診に関するコーネル大学からの論文:Cancer(in press:DOI: 10.1002/cncr.30842)
現在米国では、1)40歳以降、84歳まで毎年マンモグラフィー検査、2)45歳以降54歳まで毎年マンモグラフィー、55歳からは2年ごとのマンモグラフィー、3)50歳以降2年ごとのマンモグラフィー、の3種類の乳がん検診プロトコルの大規模治験が進んでいる。それぞれのプロトコルでどの程度死亡率が減ったかを検証し、40歳から毎年マンモグラフィーを行うと、40%死亡率を減らせるが、2)の場合は30%、3)の場合は23%だったことが報告されている。一方、検査のしすぎで余分なバイオプシーなどの検査が行われる確率については、それぞれであまり差がない。したがって、乳がんに対しては、早くからマンモグラフィー(他の方法でもいいはず)を毎年受けた法がいいことになる。

パーキンソン病に対する抗糖尿病薬の効果を示したロンドン大学からの論文(The Lancet in press:doi.org/10.1016/S0140-6736(17)31585-4)
インシュリン分泌を促すグルカゴン様の作用を持つペプチド、GLP-1は2型糖尿病の薬として利用されている。最近の研究でGLP-1が脳に入って神経を保護する効果があることがわかっていた。この研究では62人のパーキンソン病患者さんを無作為化してGLP-1と偽薬を投与、60週目でドーパミンを切った時の運動機能を調べている。専門家でないので、効果がどの程度のものかはっきりと言えないが、グラフで見る限り偽薬群は投与前より悪化しているのに、GLP-1群は改善している。かなり有望ではないだろうか。まだまだメカニズムも分かっていないのがこの点が明らかになれば、新しい方向性の治療として期待できるのではないだろうか。

低容量アスピリンの妊娠中毒症防止効果についての英国キングズカレッジからの論文(8月17日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
アスピリンを定期的に服用している妊婦さんでは妊娠中毒症が少ないことが報告されたのは1979年だが、その後多くの小規模治験が行われてきた。この研究では、これまでの研究の集大成として26000人の妊婦さんの中から妊娠中毒症の危険が高い2971人を選び、妊娠11週から34週までアスピリン150mg、或いは偽薬を投与(この量は薬局で売っている量(330mg)より少ないことに注意)、経過中の妊娠中毒症の発症頻度を調べている。結果は期待通りで、アスピリン群では発症率が1.6%、偽薬群では4.3%で、高い効果が示された。少なくとも中毒症の発症可能性が高いケースではアスピリンの服用が推奨できるのではないだろうか。

死体からのペニス移植についての南アフリカStellenbosch大学からの論文(8月17日号The Lancet掲載論文)
南アフリカ、ケープタウンといえばバーナード博士の世界最初の心臓移植が行われた町だが、今日紹介するのは、小児期に民間の包茎手術による感染でペニスを失った黒人に死体からペニスを移植した一例報告だ。詳細は全て省くが、9時間かかる大手術で移植は成功し、2年後の検査では排尿機能だけでなく、勃起など性的機能も改善し、自覚的にも満足することができているという結果だ。もちろん他の原因でペニスを失うこともあるので、我が国の泌尿器科でも今後行われるのではと予想する。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月25日:MECP2治療薬の開発:この手があった!(8月23日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年8月25日
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MEPC2重複症についてはなんども書いてきたが、X染色体上のMECP2遺伝子が重複して2倍になることで遺伝子発現量が上昇し、発達障害を起こす病気だ。遺伝子が欠損するのではなく、遺伝子数が増えた結果細胞内の分子の量が上昇することが病気の原因であるため、治療には遺伝子の数を減らすか、あるいは発現したRNAの量を減らすしか方法がないと思い込んでいた。

今日紹介する米国テキサスのベーラー医科大学からの論文は、もう一つの可能性、すなわちできたMECP2タンパク質の分解を促進する薬剤の開発も治療につながることを示した研究で8月23日号の、Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An RNA interference screen identifies druggable regulators of MECP2 stability(MECP2分子の安定化に関わる薬剤開発が可能な調節分子をRNA干渉スクリーニングで特定する)」だ。

さすがこの分野の第一人者Zoghbiさんの研究室からの論文で、MECP2分子が様々な修飾を受けていることを熟知しており、この修飾を抑制すれば分子の安定性が壊れ、発現量が減るだろうと考えて、MECP2タンパク質の不安定化につながる分子をRNA干渉法でスクリーニングをかけている。探索の対象としては、薬剤開発がしやすいリン酸化酵素と、脱リン酸化酵素に的を絞って、総数873種類の分子の関与を調べ、最終的にPPP2R1Aと呼ばれる脱リン酸化酵素、HIPK1,HIPK2,RIOK1と呼ばれるリン酸化酵素の発現を抑えると、MECP2タンパク質の発現量が低下することを明らかにしている。

リン酸化酵素についてはMECP2分子上のリン酸化される部位を特定し、リン酸化により他の分子との相互作用が進むことで分子が安定化するのだろうと考えているようだが、リン酸化されること以上の解析は行っていない。ただ、例えばHIPK2が欠損したマウスでは脳内のMECP2の量が減っていることを示しており、これらのリン酸化を阻害する薬剤開発は治療に直結することを示している。おそらく、MECP2重複症マウスでHIPK1,2を欠損させて病気の発症が抑えられるかなど研究が進んでいると思う。

特異性は低いがすでに利用できる阻害剤がある脱リン酸化酵素PP2Aについては、ほとんど生化学的解析は行わず、すぐに治療実験を行っている。疾患モデルマウスの脳内に阻害剤fostriecinを直接投与することで、MECP2タンパク質の量が減り、さらにロタロッドテストが正常化することまで示している。

患者さんに期待されているこの分野の第一人者だけに、より効果の高い安全な薬剤開発までには時間がかかることをはっきり述べているが、優秀な創薬に関わる化学者は多い。至適化された薬剤もその気になれば早く開発できるだろう。

さらに、リン酸化酵素、脱リン酸化酵素以外にも薬剤開発可能な経路は存在する。他の可能性もぜひ追求して欲しいと思う。というのも、分子が余分に発現することで起こる病気は多い。例えば染色体が3本になるダウン症に対しても、重要な分子についてはこの方法を使う可能性がある。開発促進を願っている。
カテゴリ:論文ウォッチ