9月27日:アッシャー症候群の遺伝子治療による聴力と平衡感覚の回復(9月5日号米国アカデミー紀要掲載論文)
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9月27日:アッシャー症候群の遺伝子治療による聴力と平衡感覚の回復(9月5日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年9月27日
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内耳の有毛細胞は、体内の細胞の中でも群を抜いて美しい細胞の一つだろう。様々なピッチの音に対応して、長さの違う有毛細胞が秩序よく並び、異なるピッチの音を聞き分けている。しかしこれほど美しい構造を形成するには、様々な分子が働く必要がある。そして、そのうちの一つでも正常な機能が失われると、聴力や平衡感覚が失われる。そんな遺伝病がアッシャー症候群で、症状の強い順にType I,Type II, Type IIIの3タイプが存在し、それぞれのタイプの原因になる突然変異遺伝子もすでに特定されている。アッシャー症候群では、内耳の形成障害に加えて、早くから網膜色素変性症が発症し、視覚障害も進行する。これを治すためには、正常遺伝子を内耳と網膜で回復させるか、あるいは細胞移植のいずれか、あるいは両方を使えるようにすることが重要になる。

今日紹介するパスツール研究所からの論文は、Sansと名付けられたマトリックスタンパク質が欠損したマウスの内耳に、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて正常遺伝子位を導入し聴力や平衡感覚の回復を見た研究で9月5日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Local gene therapy durably restores vestivular function in a mouse model of Usher syndrome type 1G(局所的遺伝子治療によりアッシャー症候群Type1 Gマウスモデルの前庭機能が長期的に回復する)」だ。

内耳は音を感じる蝸牛と平衡感覚のための前庭に分かれている。この研究では幾つかのAAVの中から感染効率の高いものを選んだ後で、細胞への遺伝子導入効率を調べ、蝸牛では場所に応じて内有毛細胞の87%—45%、外有毛細胞では33−25%、そして前庭では91%の細胞に遺伝子を送れることを示している。

これらの確認実験のあと、実際に欠損している遺伝子を内耳に1回だけ注入している。内耳は体液で満たされており、AAVによる遺伝子導入には適した組織のようだ。結果だが、まず前庭機能はほぼ完全に回復し、50週以上続く。この結果平衡感覚が戻ることは、重要だ。ただ、今回用いた量では聴力の回復は、前庭機能ほど完全ではない。音を感じる閾値は5−15kHzで大きく低下、よく聞こえるようになっているが、高い音の回復は限界があるようだった。ただ、正常と比べると、やはり難聴は広い範囲で続いていると言わざるをえない。組織的には、完全な正常構造が回復したわけではなく、完全回復には発生時からの治療が必要かもしれない。

これはすべてマウスでの話で、今後注射時期を含め、実際の臨床応用のための実験が必要だろう。しかし局所に対する遺伝子治療で平衡感覚を戻せる可能性は高く、人工内耳と組み合わせることで平衡感覚も聴覚も取り戻せる期待を抱かせる。今後は、発症前に網膜色素変性症に対する遺伝子治療が可能かもできるだけ早く調べて欲しいと思う。パーキンソンといい、局所の遺伝子治療はこれからも注目だ。
カテゴリ:論文ウォッチ