9月12日:AIと医療について考える IV 遠隔医療とAI
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9月12日:AIと医療について考える IV 遠隔医療とAI

2018年9月12日
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AIと医療の最終回は、アクセンチュアレポートがAIによりビジネスとしての発展が期待できる有望分野としてわざわざ取り上げていたtelemedicine、すなわち遠隔医療について考えてみようと計画していた。しかし、PubMedで最近の論文を調べていても、telemedicine全般がAIでどう変わるかについての論文や総説はほとんどない。それもそのはずで、telemedicineと言っても医師と同じ対応が期待され、診断と治療ができるシステムでないと役に立たない。町から遠く離れた辺鄙な地域を旅行していて、telemedicineがあればと思うことは確かにある。しかし、結局想像できるのは、少なくとも看護師さんが常駐し、ある程度の医療設備が整ったステーションを総合病院と結ぶというイメージだ。しかし将来はAIで武装したロボットで、医師がいなくとも全ての医療をカバーできるという夢に向けた研究をアクセンチュアは考えているのかもしれない。

とりあえず論文ウォッチなので、何を読もうかとPubMedを調べているうち、telemedicineには2種類流れがあり、一つは自動運転と同じで遠隔操作による手術ロボット、そして最終的には自動手術ロボットを大病院とつないで、医師不足をカバーするという方向だとわかった。同じ方向には、かかりつけ医や地方の診療ステーションを大病院と結び、必要に応じて患者さんの問診から、超音波検査や単純X線検査などの読影まで行うことも含まれる。この場合、患者さん自身が測定できる項目や、あるいはかかりつけ医やステーションで得られる画像などのAIによる自動診断が可能になれば、telemedicineはより高い医療レベルに達すると思われる。

Telemedicineで検索されるもう一つの方向性が、普及したスマフォを利用して、患者さんの病気の管理や、一般の人の健康を増進するための方向で、これについては、AIを導入するためのアイデア待ちというところではないだろうか。ただ、我が国と違って、アメリカではpatient portalのように、まず患者さんに健康データを返し、それをクラウドコンピューティングで匿名管理する仕組みが普及し始めており、これを基礎に様々なアイデアが生まれるように思える。私の古い頭で考えても、様々なアイデアが浮かんでくる。すでにバイオバンクの設立が民間主導で行えるのも、保険会社が強力にネットワークによる健康管理を進めているためで、病気にしない、病気を長引かさない健康管理が保険会社成功につながる以上、様々な可能性が試みられ、当然AIの導入も進むと考えられる。

我が国を含む国民皆保険の国々でも、当然病気を防ぎ、病気を長引かせないことは財政上の最重要課題で、英国やデンマークなどの論文を読んでいると、国主導で疾病予防のための方策をもとめてエビデンスが集めれれているのがよくわかる。我が国は、国民皆保険の維持の危機が叫ばれているにもかかわらず、行政も中途半端で何もできずにオロオロしている印象がある(例えばワクチン問題や、特保食品のようなごまかし)。AI研究推進を機に、病気を予防するための明確な施策を打ち出して欲しいし、それにAIホスピタルをはじめ、多くの研究が役に立って欲しいと思う。

というわけで、アクセンチュアレポートを裏付けるはっきりとした論文を見つけることができなかったので、最近ドイツベルリンのシャリテ病院とtelemedicine研究センターを中心とするグループがThe Lancetオンライン版に発表した、スマフォを利用した心疾患の管理についての論文を紹介して終わる。タイトルは「Efficacy of telemedical interventional management in patients with heart failure (TIM-HF2): a randomised, controlled, parallel-group, unmasked trial (心不全の患者さんのtelemedicineによる管理の有効性:無作為化、群間比較試験)」だ。

この研究では、かなり進んだ(NY心臓病学会基準II-III度で、心拍出量が45%以下)心臓病の患者さんを自宅で可能なテストを行い、このデータに基づいて主治医が治療方針を臨機応変に変化させることで、救急搬入される率や死亡率が減るかどうか調べている。ドイツ全土の大学や病院が参加した研究で、助成金のリストを見ると、様々なドイツ政府機関から助成金が出ている。

2013年から2017年までドイツ全土から該当する患者さん約1500人がリクルートされ、無作為化され、telemedicineのモニターを受けるグループと、従来通りの治療グループに分けられ、一年間の経過を比べている。経過中の治療は、患者さんのかかりつけ医がその時の状態に合わせて自由に投薬を調整してよく、決まった介入が要求されるわけではない。従って、telemedicineの情報が入ってくるかどうかだけが2つのグループの違いになる。治療の性質上、偽薬を使う治験のように治療内容を隠すことはできない。

Telemedicine群に選ばれると、心電図モニター、血圧計、体重計、酸素分圧測定機などが提供され、これを用いてデータが毎日決まった時間に集められ、自動的にシャリテ病院のセンターに送られる。また、患者さんは24時間いつでもシャリテ病院にスマフォで連絡して相談することができる。そして、ここで異常を察知すると主治医に状態の連絡が行き、主治医の自由な判断でそれに合わせた治療方針が決められる。

実際にはtelemedicine群は5年で700人近くに上り、一年に平均して140人近くの患者さんに対して24時間モニターを行い、また相談に応じる必要がある。このためになんと4人の医師と5人の看護師が選ばれ、夜も医師の一人が当直、もう一人がいつでも対応できるように家で待機するという徹底ぶりだ。よくこの陣容で5年も研究が続けられたと感心する。

結果は、telemedicineの効果は確かにあり、一年間に病院に運び込まれたり死亡する率は、通常の治療群の6.6%に対し、4.8%に低下する。また、患者さんの入院日数で見ると、通常治療群の24日に対し、18日、また原因を問わず期間中の死亡率は、通常治療群の11.3%に対し、7.8日に抑えられた。大きくはないが、自宅でモニターするだけでも、十分治療効果を上げることができるという結論だ。この結果が保険会社や行政にアピールするほどの差かどうかは判断できないが、telemedicineの効果を確かめるため、5年に渡る臨床知見をドイツの病院が一丸となって行なっているのに感心する。

元々心電図モニターや血圧計には異常を感知するシステムが備わっているが、この研究では全ての判断を医師が行なっており、AIとは無関係の、あくまでもtelemedicineの効用についての論文だ。しかし論文を読んでみると、ここで集められた膨大なデータは、AIの開発時にデータとして使えることは間違いない。これまで紹介したように、AIのアルゴリズム自体も今後さらに発展すると思うが、結局AIとして機能させるためには、学習させるデータが勝負になる。この論文からわかるように、機械学習のためのデータと、結論のセットを集めるためには、大変な努力と時間がかかる。また、研究者だけでなく、医師も患者さんたちもAIが医療に果たす役割をしっかり理解して、一丸となって機械学習のためのデータ収集に協力してもらう必要がある。これには長期的な支援と、オールジャパンをまとめるリーダーシップが問われるだろう。これからスタートする我が国の医療に関わるAIプロジェクトが、学習のためのデータをどう集めようとしているのか?今回様々な論文に目を通して、この辺からウォッチしていけばいいことがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ