自分のガンのゲノムを見ていると、多形腫独特の転座でゆっくり増殖していた良性腫瘍が、ウイルス感染か何かのストレスでAPOBEC3の上昇が起こり、これが突然変異誘発頻度を高めることで、p53の点突然変異、その後もう片方のp53の deletion が起こって急速に悪性化したのがわかる。これまで、p53がガン抑制遺伝子として働くメカニズムは、p53による細胞老化促進、細胞死、あるいは細胞周期抑制が外れる結果として説明されており、直接p53が増殖のドライバーと関わる可能性は考慮されてこなかった。
これに対し今日紹介する Icahn School of Medicine at Mount Sinai からの論文は、p53は上皮細胞の増殖に関わるWntシグナルを抑えているため、p53が欠損することでWntシグナルが活性化され、直接増殖を誘導するという新しい重要なメカニズムを示した研究で、10月1日 Science に掲載された。タイトルは「Loss of the tumor suppressor p53 generates a signaling gradient that drives epithelial clonal expansion(腫瘍抑制遺伝子p53の欠損は上皮のクローン増殖を誘導するシグナル勾配を形成する)」だ。
これまでp53欠損により上皮の増殖が高まることは知られてたが、先に挙げたように細胞周期や細胞死に関わる多様な機能があるため、新しい機能を調べることが簡単ではなかった。そこでこの研究では細胞死、細胞周期、細胞老化などに関わる機能はブロックして、他の機能が残ったp53変異( p53(3KR/3KR )を用いて、p53 (-/-) や野生型 (WT) と上皮増殖について比べている。上皮でp53をノックアウトすると、生後49日目には上皮の増殖が見られる。しかし、WTはもとより p53 (3KR/3KR) に置き換えた場合、細胞死など基本機能は同じようになくなっているのに、増殖は見られない。即ち、p53変異による上皮増殖は、細胞死、細胞周期、細胞老化などの機能とは無関係であることが明らかになった。
この結果を受けて、あとはp53に支配される上皮増殖に関わる新しい分子の探索を始めている。RNAseq や Atac-seq を用いた遺伝子発現、更にはWTや3KR/3KRの結合部位の解析などを合わせて、細胞死などとは異なる機能に関わる遺伝子候補を1000近く特定している。
これらの候補の機能を調べるために、siRNAをレンチウイルスで胎児期に導入し、未分化な上皮で濃縮される(即ちノックダウンで上皮が増殖する)と、分化上皮で濃縮される遺伝子を探索している。生体内でのスクリーニングでこの作業が一番大変だったと思われるが、最終的にp53によって調節され、それぞれ独自で細胞の増殖を抑える3種類の遺伝子、Sfrp1、Lrp1、Usp22 を特定する。
この3つの遺伝子は全てWntシグナル抑制に関わることがわかっている。Sfrp1はWntの受容体結合を競合阻害する。Lrp1はWnt 受容体のFrizzledと結合してシグナルを抑制する。そしてUsp22はβカテニンなどWntシグナル分子をユビキチン化して分解する。即ち上皮増殖に直接関わるp53の機能は、これらの3分子を介してWntシグナルを抑制することを示す、上皮のガン化を考える上で極めて重要な結果だ。
これを確かめるため、Wntシグナルレポーターを導入したマウスで局所的にp53をノックアウトすると、細胞クローンの増殖とともに中心にある細胞ほどWntシグナルを強く受けていることを示す勾配が成立していることが明らかになった。Wntは上皮増殖の最も重要なシグナルで、APC遺伝子がこのシグナル抑制の主役として考えられてきたが、これに加えてp53欠損はWntシグナル抑制が外れるだけでなく、クローン増殖が進むにつれて中心の細胞がより強くWntシグナルを受け、ますます増殖力が高まるという、まさにガン細胞を助ける変異であることがわかる。逆にいうと、上皮の異常増殖を直接抑える重要な役割をp53が演じていることがわかる。
P53が直接Wntシグナルにつながったことは、自分のガンを理解する上でも大変重要な結果で、今も発ガンの研究が着実に進んでいることを実感する。
