新型コロナウイルスの感染阻害活性のあるモノクローナル抗体薬の開発が急速に進んでいることについて先週紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/13811)、可溶性のACE2をウイルススパイクに結合させ、細胞状のスパイクとの結合を阻害する方法も早くから開発が試みられている。
元々細胞膜上に存在する受容体を、遺伝子操作で可溶性の受容体へ変換し、それを抗体の代わりに阻害剤として用いる方法はすでにいくつかの分野で実現している。我が国で最もヒットしているのが加齢黄斑変性症の血管新生を抑えるバイエル薬品のVEGF受容体を可溶化した製品(アイリーア)で、抗体治療(ルセンティスなど)に伍して広く利用されている。
ただACE2を可溶化して用いる場合の問題は、可溶性VEGF受容体とは異なり、これ自体にアンジオテンシンIIを分解する活性があり、血圧を下げる可能性がある。このため、可溶性のACE2を用いた治療は治験にまでこぎつけていない。
今日紹介するイリノイ大学からの論文は、可溶性のACE2も場合によれば利用できるかもしれないことを示す研究で9月4日号のScienceに掲載された。タイトルは「Engineering human ACE2 to optimize binding to the spike protein of SARS coronavirus 2 (ヒトACE2の新型コロナウイルス・スパイクタンパク質への結合性を高める様に操作する)」だ。
タンパク質のアミノ酸配列を系統的に変化させて、機能的変化を調べるdeep mutagenesis と呼ばれる手法については、スパイクタンパク質の解析に関して紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/13811 )、この研究では逆にACE2にこの手法適用して、スパイクタンパク質に対する親和性を高めることができないか調べている。
もちろん多くの変異体を解析するという膨大な仕事が必要になるが、最終的に変異していないACEと同じ、あるいは少し高い収率で生産でき、しかも高い親和性を持つ変異体を特定することに成功している。
数値でいうと、元々のACE2はスパイクタンパク質に乖離係数で22nMだが、新しい変異体ACE2vはなんと0.6nMという値だ。すなわち、少ない濃度で細胞上のACE2とスパイクタンパク質の結合を抑制することができる。
さらに回復患者さんに存在する中和抗体と比べても、スパイクへの結合を高い親和性で競合することから、モノクローナル抗体薬と比較しても良い成績が得られる可能性が高い。しかも、新型コロナだけでなく、SARSウイルスの感染も同じ親和性で抑制することができる。
最後に問題になるのは、ACE2のアンジオテンシンII分解作用だが、確かに活性はあるが、正常のACE2と比べるとかなり低下している。
以上の結果から、ルセンティス対アイリーアのように、抗体薬に伍して利用される抗ウイルス薬に発展する可能性はある。別に私が肩を持つ必要はないのだが、低いレベルで残ったアンジオテンシンII分解活性により、病巣の血管収縮などが少し改善されたりすると、ひょっとしたらブレークする可能性もある。
いずれにせよ、これほどの膨大な実験が半年程度で論文になってくること自体が驚きだが、ぜひモノクローナル抗体と競争してほしいと思う。
ACEⅡスパイク蛋白に対する可溶性中和抗体薬
Imp:
百花繚乱状態ですね。
また一つ希望の光です。