自閉症スペクトラム(ASD)の症状に、ゲノム上の変異だけでなく、腸内細菌叢が関与しており、例えばASDの子供から得られた腸内細菌叢をマウスに移植すると、それだけで社会性が低下するとか(https://aasj.jp/news/watch/10310)、逆に健康人の便からクロストリジウムを除去した後、ASD児に移植すると、消化管症状とともに、ASDの症状も改善すること(https://aasj.jp/news/watch/10036)など多くの論文が発表されている。
中でもテキサスベーラー大学から発表された、ロイテリ菌が腸内で迷走神経に作用して、中脳でのオキシトシン分泌を促し、子供の社会性を改善するという結果は(https://aasj.jp/news/watch/10036)、オキシトシン投与に変わる方法として高い期待が寄せられていると思う。
今日紹介する同じグループの研究は、これまで人間とマウスモデルの間で行われてきた実験を、全てマウスの遺伝的モデルに移すことで、ゲノムと細菌叢の関係を整理して、これまでの研究結果を再検討した論文で、4月1日号のCellに掲載された。タイトルは「Dissecting the contribution of host genetics and the microbiome in complex behaviors (ホストの遺伝と細菌叢が持つ複雑な行動に対する関与を分析する)」だ。
ヒトのASDの細菌叢をマウスに移植して同じ行動異常に移行させられることは驚くべきことだが、しかし様々なゲノム上の変異が重なって起こることが明らかなASDの発症に細菌叢がどう関わるかは、遺伝的背景を揃えて調べる必要があり、ヒトからマウスへの便移植では解析しきれない部分が出てくる。そのため、この研究では、一度全てをマウスで調べることで、ゲノムと細菌叢との関係を整理しようとしている。
このため、ヒトでも変異によりASDが生じることが知られている、神経シグナルを調節する可能性がある接着因子CNTNAP2ノックアウトマウス(KO)をASDモデルとして用いている。実際、正常マウスと比べると、他の個体や新しいことに対する興味が低下する、社会性欠如とともに、多動が見られる。そして、腸内細菌叢を調べると、正常マウスの細菌叢とは大きく異なる構成でできている。
これらの結果は、KO、正常とも完全に分離して育てているので、親から遺伝要因と細菌叢を共に受け継ぐことになる。そこで、行動的には正常のヘテロマウスを掛け合わせて生まれ育てられた、KOマウスについて調べると、多動については異常を示すが、社会性の指標は全く正常化している。また、細菌叢も、KO、正常とも差がない。すなわち、細菌叢が正常化すると、社会性は元に戻るが、多動の方は遺伝的要因が強いという結論になる。
この研究ではさらに進んで、ヘテロマウスから生まれ、社会性のみ正常化したKOマウスを掛け合わせて得られる次世代のKOマウスについてまで調べ、この場合、他のマウスへの好奇心の程度で調べる社会性は異常になる一方、新しい環境への好奇心で見る社会性では異常が見られないことを示している。そして、細菌叢も正常とはかけ離れた構成へと移行することも示している。
これらの結果は、社会性の中でも細菌叢に強く影響される他の個体への好奇心と、新しい環境への好奇心を指標にする社会性では、細菌叢への依存性が全く異なること、また細菌叢自体、最初は同じスタートでも、世代を重ねると遺伝的背景に影響された構成に変化していくことを示している。
最後に複雑な掛け合わせと飼育実験から得られる結果が、著者らがこれまで発表してきたオキシトシンルートを介しているのかどうか明らかにするため、ロイテリキンを投与する実験を行い、KOマウスの社会性の異常と中脳でのオキシトシン分泌異常が、ロイテリキン投与により改善することを示している。
最後に、マウスモデルの利点を生かし、正常マウス、KOマウス、そしてロイテリ菌を投与したKOマウスの細菌叢を比べ、
- ロイテリ菌を投与したときにBiopterinおよびDihydrobiopterinが大きく上昇する。
- Dihydrobiopterin投与実験で、他の個体に対する社会性が改善する。
- Dihydrobiopterinの合成を阻害すると、ロイテリキンの社会性改善作用や、正常細菌叢の社会性改善作用が失われる。
ことを示し、これまで明らかにしてきた作用がDihydrobiopterinの作用であった可能性をついに突き止めている。
結果は以上で、このグループの研究が一つの到達点にたどり着いたことを示す重要な研究だと感心した。
このグループの研究については、明後日(3月30日火曜日午後7時に西川伸一のジャーナルクラブで紹介する予定(https://www.youtube.com/watch?v=zxCdlUtsA0M)にしている。また、このグループの研究をもう一度振り返って、自閉症の科学として紹介することにしている。
1:社会性の中でも細菌叢に強く影響される他の個体への好奇心と、新しい環境への好奇心を指標にする社会性では、細菌叢への依存性が全く異なる。
2:細菌叢自体、最初は同じスタートでも、世代を重ねると遺伝的背景に影響された構成に変化していく。
Imp:
細菌叢と遺伝因子が絡み合って表現型が形成される。
大変興味深いです。