今でこそギリシャはEUのお荷物になっているが、アルファベットの発明は言うに及ばず、イオニアの哲学から、アリストテレスまでヨーロッパ文明全体の基盤になってきた。個人的に面白いと思うのは、アルファベットが発明され、イオニア哲学が花開いた同じ時期に、ギリシャ哲学と並んで、ヨーロッパ文化の2本柱になるキリスト教のルーツ、ユダヤ教が誕生していることだ。近代科学が誕生したのがなぜ17世紀のヨーロッパなのかを考える時にも、極めて重要な鍵だと思っている。
不思議なことに、我が国ではキリスト教と比べると、ギリシャ文明はあまりポピュラーではない。しかし、新自由主義や資本主義に代わる新しい仕組みが問われ始めた今、例えば柄谷行人さんが「哲学の誕生」に書かれているように、イオニアの自由な思想状況を支えた誰も支配しない経済イソノミアを、ギリシャからもう一度学び直してもいいように思う。
このギリシャ文明を用意したのがヘラディック時代と呼ばれるエーゲ海先史文明で、有名なクレタのミノア文明や本土のミケーネ文明、ギリシャ本土のヘラディック文明、そしてキクラデス諸島のキクラデス文明などがBC2500-1000にかけて栄えた。
今日紹介するスイス、ローザンヌ大学とギリシャ、トラキアにあるデモクリトス大学からの論文は、まさにこのエーゲ海先史時代の3つの文明の遺跡から出土した人骨からDNAを解析して、それぞれの文化の関係をゲノムから解析した研究で5月13日号のCellに掲載された。タイトルは「The genomic history of the Aegean palatial civilizations(エーゲ海宮殿文明のゲノム史)だ。
文明が交差した東ヨーロッパから西アジアの遺跡から出土した人骨のゲノム研究は最近急速に進んでおり、このHPでもミノアとミケーネが同じゲノムを持つ人により支えられたことを示した研究について紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/7203)。この研究はこの範囲をもう少し広げて、エーゲ海文明の初期青銅器時代と中期青銅器時代を代表する人骨を、クレタ島、キクレデス島、ギリシャ本土から回収、ゲノム解析を行い、これまで集めれられたゲノムデータ、および現代人のゲノムと比較し、それぞれの関係を調べている。
おそらくこのような研究の焦点は、いつギリシャ文明がインドヨーロッパ語と触れるのかと言う問題になる。詳細を全て割愛して、結果をまとめると以下のようになる。
- まず、ゲノムデータを多次元解析して、ここのゲノムの関係を調べると、今回解析された前期、中期青銅器時代のゲノムは、現代ギリシャ人も含めて、完全に一つの集団に含まれる。
- これまで調べられた後期石器時代ギリシャ人から現代ギリシャ人まで、ゲノム構成が徐々に変化する過程が追跡できるが、アナトリア地方(トルコ地方)の新石器時代人のゲノムに、イラン・コーカサスの狩猟採取民ゲノム、およびヨーロッパの狩猟採取民ゲノムが流入し、その比率が高まる過程として捉えられる。
- 特に、ヨーロッパの狩猟採取民型ゲノムの比率は中期青銅器時代に増大し、現在までほぼ同じ比率で続いている。
- このイラン・コーカサス型ゲノムと、ヨーロッパ狩猟採取民型ゲノムの流入パターンを手がかりに、エーゲ海文明を担った人の歴史をモデリングすることができる。
以上のデータから、最も高い確率のシナリオは以下のようにまとめられる。
- エーゲ海文明は、基本的にアナトリア地方から移住した石器時代の先祖が築き上げてきた。
- 青銅器時代にかけてまずイラン・コーカサス狩猟採取民のゲノムが流入し、初期青銅器時代のエーゲ人が形成される。
- その後、インドヨーロッパ語の起源であるウクライナ地方のステップ人との交流が起こり、この時ヨーロッパの狩猟採取民ゲノムもエーゲ人に持ち込まれる。
- このステップ人との交流が、言語も含め新しい中期青銅器文明を形成し、そのまま現代ギリシャへと続いている。
要するに、ギリシャは、他の文明との交流を通して、しかし支配されることなく、独自の文明を形成したと言う話で、ギリシャ人の誇りにしていい話だと思う。また、考古学的にも、新しい視点が多く得られるだろう。これまで、エーゲ文明については、あまり勉強せず博物館でボーッと眺めるだけだったが、この論文のおかげでもっと楽しめるようになるだろう。
我が国も、文化交流を通して独自の文化を形成してきた。特に文字になると、世界に誇っていい。是非、この視点で我が国のゲノム史も解明して欲しいと思っている。
ギリシャは、他の文明との交流を通して、しかし支配されることなく、独自の文明を形成したと言う話で、ギリシャ人の誇りにしていい話だと思う。
Imp:
ヨーロッパ思想の源流ギリシャの起源をゲノム解析で探る。
ギリシャ語とサンスクリット語の奇妙な類似!!も言語学分野で指摘されており、
妄想が膨らみます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA_(%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%E8%80%85)
https://25300270.at.webry.info/201607/article_5.html
奇妙な類似ではなく、ヤムナ人によるインドヨーロッパ語の伝搬です。