薬剤を用いる病気の治療と比べると、代謝障害などの特殊なケースを除くと、食や栄養管理で病気に対抗する科学的方法の開発は遅れている。一方、憶測や限られた経験をベースに病気に効くと称している方法は、例えば本屋に溢れているから、もし科学的エビデンスが示されたら、その方法は普及するように感じる。
特に最近、ガン患者さんについては治験も行った方法が開発されつつあり、この HP でも紹介してきた(膵臓ガンとカロリー制限:https://aasj.jp/news/watch/18169 、乳ガンとファスティング:https://aasj.jp/news/watch/13544)。いずれも、カロリー制限もうまく行うと、ガンの進行を遅らせる効果があるという研究だった。
この膵臓ガンと栄養についての研究では、カロリー制限は効果があるが、ケトン食は効果がないという結果を示していた。一方、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は直腸ガンの増殖に、ケトン食が強い抑制効果を示すことを示し、そのメカニズムを解明した研究で4月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「β-Hydroxybutyrate suppresses colorectal cancer(β-Hydroxybutyrate は大腸直腸ガンを抑える)」だ。
ケトン食は基本的に炭水化物を減らし、脂肪を増やした食事をとることで、脂肪代謝を高め、そのときにケトン体が合成されることを期待する食事で、主にエピジェネティックなメカニズムを介して、インフラマゾーム活性化や IL-17 分泌を抑えて炎症を抑える効果とともに、ケトン体が直接作用して持久力上昇などの効果が知られている。
この研究では最初からケトン食によるガン抑制の可能性に絞って研究を行っている。まず、モデルとして遺伝子導入による直腸ガン発生モデルを用いて、炭水化物と脂肪の割合を変化させた食事を食べさせ、それぞれの食事のガン増殖抑制効果を調べ、脂肪の割合が高いほどガンの増殖が抑制されることを示している。
こうしてケトン食がガン増殖抑制効果を持つことを確認した上で、次にオルガノイド培養法を用いて、この効果がケトン体によるものかどうか、2種類のケトン体、acetoacetate(AcAc)、及びβhydroxybutyrate(BHB)を培養に添加して調べている。
まず驚くのが、BHB はガンだけでなく、大腸の幹細胞の増殖も抑制する。従ってケトン食を、他の目的で利用するとき、考慮が必要かもしれない。勿論、ガン細胞を用いたオルガノイドに対しても BHB は増殖抑制効果を示す。この効果はガンを発生したマウスにミニポンプで BHB を投与する実験からも確認できる。
すなわち、ケトン食は期待通りケトン体の一つ BHB を介して腫瘍に直接働いて増殖を抑える。
最後に、BHB の効果のメカニズムを様々な実験を組みあわせて検討し、ガン増殖抑制は、ガン抑制遺伝子の一つ Hopx をケトン体が誘導することで起こること、さらにこの誘導はヒストン脱アセチル酵素を介する経路ではなく、ケトン体に対する G 蛋白質共役型受容体 Hcar2 に直接働いて Hopx を誘導することを明らかにしている。
全体的印象としては、比較的地味な印象で、驚くといった感じはないが、ガンを少しでも抑えるための取り組みとしては極めて重要で、今後もガンの栄養研究が進むことを期待する。しかし、膵臓ガンではケトン体に効果が見られず、ガン遺伝子としてはほとんど同じ直腸ガンでは今回の論文のように効果があるとすると、まだまだ栄養指導に取り入れて行くには時間がかかりそうに思える。
比較的地味な印象で、驚くといった感じはないが、ガンを少しでも抑えるための取り組みとしては極めて重要で、今後もガンの栄養研究が進むことを期待する。
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悪性腫瘍の多くは、慢性疾患・生活習慣病の側面もあると思います。意外と重要な視点かもしれません。日々の食生活。