以前、腸内細菌移植で自閉症スペクトラム症状が抑えられる原因の一つが、細菌叢の変化に起因する脳内タウリンの上昇で、タウリンを妊娠中から食べさせると自閉症様症状が抑えられるとするカリフォルニア工科大学からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/10310)、この論文を読まれた方が、自閉症スペクトラムにタウリンを飲ませていいかと聞いてこられた。ただ、紹介したのはマウスの実験で、元々タウリンが神経系に影響する詳しいメカニズムがよくわかっていないので、タウリンは飲んで悪いという話は少ないが、それでも消化管症状や糖代謝が変化することも指摘されているので、飲むとしても慎重に様子を見た方がいいと答えた。このような、動物実験と実際の臨床ギャップについては論文紹介でいつも頭を悩ませる点だ。
ただ、今週読んだ8月7日 Nature オンライン論文の中にスタンフォード大学から、これもネズミでの結果だが、タウリン研究としては重要な研究が発表されていたので、紹介することにした。タイトルは「PTER is a N-acetyltaurine hydrolase that regulates feeding and obesity(PTER は摂食と肥満を調節する N-acetyltaurine hydrolase )」だ。
この研究は最初から N-acetyltaurine (NACT) をタウリンとアセテートに分解する酵素特定を目指す、極めて古典的な仕事だ。NACT はその合成経路も明確ではないが、運動や飲酒に伴って上昇する面白いタウリン化合物だ。
腎臓組織ホモジネートを分画し、NACT を分解する酵素 (PTER) の活性を持つ分画を絞っていって、最終的に NACT にかなり特異的な PTER を特定し、遺伝子クローニングに成功する。久しぶりに古典的手法の研究を読んだ気がして、逆に不思議な気分だ。
次に生化学的特異性、そして αフォールドを利用した構造解析を行ったあと、ノックアウト実験に進んでいる。PTER をノックアウトすると、期待通り様々な組織で NACT の濃度が上昇する。もちろん血中濃度も上昇するが、心臓、脾臓、腎臓、筋肉での上昇は大きい。
次に、ノックアウトによる代謝変化を調べると、ノックアウトでは体重上昇が軽度に抑えられ、また食事の摂取量も低下し、インシュリン感受性も上昇する。
次に高脂肪食を与えたときに、代謝改善効果があるか調べると、ノックアウトだけでは大きな変化はないが、タウリンを投与してさらに NACT を上昇させると、摂食量の低下が見られる様になる。
そこで、ノックアウトではなく NACT をそのままマウスに投与する実験を行うと、50mg/kg 投与で、摂食が低下し、体重も減少する。以上の結果から、NACTは直接代謝を変化させる作用は低いが、摂食を抑制することで代謝の改善と体重減少を誘導することが明らかになった。
最後に、この摂食抑制作用のメカニズムを調べ、脳幹の摂食中枢神経のGDNF受容体が刺激される際の閾値を変化させることで、摂食を抑制しているのではないかと結論しているが、メカニズムについてはまだまだ研究が必要だと思う。
最後に、タウリンから NACT が合成される経路を検討し、1)PTER 自体によるタウリンとアセテートから NACT 合成経路、2)酵素非依存的経路、3)そして腸内細菌叢による経路が存在する可能性を示している。
タウリンは健康飲料としてポピュラーな分子だが、実際の代謝経路についてはまだまだ研究が必要なこと、そしてその中から思いもかけない健康への介入方法が生まれる可能性がよくわかる論文だと思う。多くの患者さんたちが注目しているので、研究を加速してほしい。
1)PTER自体によるタウリンとアセテートからNACT合成経路
2)酵素非依存的経路
3)腸内細菌叢による経路が存在する可能性あり
Imp:
実際の代謝経路についてはまだまだ研究が必要な物質。