胸腺でT細胞が作られるとき、自己に対する抗原に対するトレランスが誘導され、自己の細胞や分子に反応するT細胞受容体 (TcR) を持つT細胞は細胞死に陥る。ではどうして胸腺上皮に多様な自己抗原が提示できるのかという問題が発生する。これを解決したのがAireと呼ばれる分子により、胸腺上皮のゲノムの関係の無い場所から転写を誘導する機構が存在し、いわば胸腺上皮に様々な組織の分子が提示されるびっくり動物園ができていることの発見だ。この驚くべき仕組みについてはこのブログでも紹介したし(https://aasj.jp/news/watch/19920、https://aasj.jp/news/watch/24110 )、Youtubeでも詳しく解説した(https://www.youtube.com/watch?v=pitYM7YqUnY&t=23s )。
Aireが働くメカニズムに関しては、最初クロマチンに直接作用して閉じたクロマチンを開いているのではと考えられたが、CAリッチな配列にストレスが働いてDNAが切断しこれを修復する過程で転写が始まることが示された(https://aasj.jp/news/watch/24110 )。
では通常閉じているクロマチンがどのように開いているのか、これについて研究したのが今日紹介するシカゴ大学からの論文で、8月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thymic epithelial cells amplify epigenetic noise to promote immune tolerance(胸腺上皮はエピジェネティックなノイズを増幅し免疫トレランスを促進する)」だ。
まず single cell レベルの解析で胸腺上皮の分化過程を5種類のステージに分け、この中で第3、4段階でAireが発現していることを確認したあと、Atac-seq を用いてそれぞれのトレランス誘導のために発現する組織遺伝子との関わりで詳しく調べ、組織遺伝子の転写開始点周りのクロマチンにノイズが入って開いてしまっていることを発見する。また、これはAireを必要としないことも明らかにしている。
このクロマチンの不安定性を誘導するメカニズムについて、組織遺伝子が活性化されるとき最も変化するのが p53結合領域であることに気づき、p53がこの不安定性の原因ではないかと考えた。事実、胸腺上皮の分化では p53の発現がシステマティックに低下する。p53はゲノム安定性に関わることから、胸腺上皮細胞で p53の発現を低下させることで、クロマチンの不安定な状態を許容して組織遺伝子を発現させている可能性が考えられる。
そこで胸腺上皮細胞で p53の発現が維持されるようなマウスを作成して胸腺上皮細胞を調べると、クロマチン不安定性の指標が低下して、更にはAireによる組織遺伝子の発現が低下することがわかる。詳細は全て省いて結論を述べると、p53が直接クロマチンに働くのではなく、元々クロマチン不安定性が発生しやすい胸腺上皮の細胞死を p53が誘導するからであるとわかった。即ち、正常の胸腺上皮発生では p53発現を低下させて、このチェックポイントの閾値を下げ、通常ではあり得ない様々な組織遺伝子の発現を許容していることになる。先に紹介した Dian Mathis らの論文でも、Aireはストレスが高い遺伝子領域のDNA切断を修復する機構を利用していることがわかっており、p53が低下することはこの点でも重要だと思う。
最後に p53発現が維持されるマウスの免疫システムを調べると、期待通り組織遺伝子と出会えなかったため、Aireノックアウトと同じような自己免疫状態が発生していることを示している。
以上が結果で、胸腺上皮とトレランス誘導についての研究だが、当然 p53が失われるガンについても新しい視点を提供する重要な研究だと思う。なるべく難しい話は省略して、わかりやすく紹介したつもりだが、少し難しいかもしれない。
p53が直接クロマチンに働くのではなく、元々クロマチン不安定性が発生しやすい胸腺上皮の細胞死を p53が誘導する!
Imp:
多彩な要の役割を担うp53分子