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12月28日:社会性の起源(Nature Communication掲載論文:DOI: 10.1038/ncomms13915)

2016年12月28日
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   ヒトとサルを明確に分けるのは言語だが、言語が現れるのはたかだか2−3万年前の話だ。ここまでには何百万年もかけて異なる性質が積み重なる歴史が存在する。これを探ろうと、ヒトとサルの違いについての研究が加速している。Scienceが今年のブレークスルーに選んだTheory of Mindをサルも持っているという研究(このホームページでも紹介した:http://aasj.jp/news/watch/5895)もその一つだ。   「自分と同じ心を他人も持っている」とサルも考えるとすると、次は自分が持っている心の内容が問題になる。Altruism(利他的)行動を促す、他人を思いやる心がいつ芽生えたのかが特に研究の焦点になっている。最近読んだDumbarのHuman evolutionやSpikinsのHow compassion made us humanなどでは、思いやりの心、利他主義的行動こそ人間特有の性質であることが強調されているが、群れで暮らすチンパンジーやゴリラではなんらかの社会性が必要なはずで、食べ物を分け合ったり、食べ物を取るための道具を貸したりする利他的行動の存在を主張する論文も多い。
   今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、全く訓練を受けていないチンパンジーを使った実験を行い、少なくともチンパンジーには利他的行動が見られないことを示した研究で、12月20日Nature Communicationに掲載された。タイトルは「The naturee of prosociality in chimpanzees(チンパンジーの社会性の本質)」だ。
   著者らは、これまでの社会性、利他性を調べる研究が、その前にサルを訓練する過程で、利他的行動を条件付けてしまっているという批判的検討から、全く訓練を受けていないチンパンジーを使って利他的行動が存在するかを調べる課題を設計している。
   課題は別々の檻にチンパンジーを入れ、片方のチンパンジーは食べ物の入った透明の箱にアクセスできるが、他方にはアクセスができない状況を作る。この時、食べ物にアクセスできないチンパンジーには相手が箱から食べ物を取り出すためのレバーを操作できるようにして、相手が食べ物を得るためにレバーを押すかどうかを調べる課題だ。
   レバーを押すと食べ物が取り出せる条件と、レバーを押すと逆に食べ物が取り出せなくなる条件で実験を行い、もし利他的感情があれば、食べ物が取り出せる場合にレバーを押す回数が上がると仮定して実験を行っている。
   結果だが、どちらの条件でも最初レバー自体に興味を持って頻回にレバーを押すが、結局自分にはなんの関係もないことがわかると、レバーをおす回数が急減する。さらに、相手を利する、あるいは相手を妨害するどちらの条件でもレバーを押すパターンは同じで、相手の利益・不利益をまず考えることはないという結論だ。
   同じ実験を、レバーを押すと相手の利益・不利益につながることを前もって教えてから行っているが、この場合相手の利益になる条件では、不利益をもたらす条件よりさらにレバーを押す回数が減っている。
   実験が終わってから、レバーを押す意味が理解できているか調べているが、最初の実験でもレバーを押している間に何が起こったかを正確に理解している。
   以上の結果から、利他的行動はチンパンジーには存在しないと結論している。今後、異なる血縁関係、群れの中での階層など、社会内の関係性を変えて同じ課題を行わせれば面白いように思う。私は素人だが、利他的行動も様々な過程を経て進化してきたはずで、おそらく条件を選べばサル社会でもこの課題で検出できる利他的行動がわかるかもしれない。いずれにせよ、人間の心のルーツ研究が進んでいることを知るいい論文だと思う。

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