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12月15日:時間とともに脳細胞に蓄積する突然変異(Scienceオンライン版掲載論文)

2017年12月15日
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神経幹細胞から新しい神経細胞が供給されていても、神経細胞の大部分は発生過程で出来た後は増殖が止まったまま百年近く生き続け、働いている。しかも、他の細胞と比べると、興奮により細胞質内環境の大きな変化が起こると同時に、恒常性を維持するために高い代謝活性を維持し続けなければならない。当然細胞には様々な不具合が蓄積するはずで、次世代シークエンサーが開発されてから、脳のニューロンに年齢とともに突然変異が蓄積するのではないかという証拠が出始めていた。しかし、体細胞に起こる突然変異は個々の細胞ごとに異なるため、どの程度の突然変異が蓄積するのか、またその原因は何かなどを知るためには、単一細胞のゲノムを調べる必要がある。

今日紹介するハーバード大学からの論文は年齢の異なる人間の凍結脳組織から単一の核を取り出し全ゲノムを解読し体細胞突然変異の蓄積を調べた研究でScienceオンライン版に先行掲載された。タイトルは「Aging and neurodegeneration are associated with increased mutations in single human neurons(老化と神経変性は個々のニューロンでの突然変異の増加と連関している)」だ。

この研究では正常人とともにDNA修復機構の変異を持つコケイン症候群及び色素性乾皮症の患者さんのそれぞれ死後脳から単一の核を単離し、細胞ごとの全ゲノム解析を行って、同じ人と平均ゲノム配列と比べた時の変異を特定し、年齢とともに突然変異が蓄積するのか、DNA修復機構の異常で増殖しないニューロンにも変異が蓄積しないのかなどを調べている。

単一細胞の全ゲノム解析が可能になった背景にはΦ29DNAポリメラーゼによりPCRを使わずDNA増幅が可能になった技術進歩がある。この酵素は、DNA合成を行うと自然に2重鎖の脱分枝が起こり、増幅が繰り返される。また合成のエラーが少なく普通のTaqポリメラーゼの100−1000倍は正確だ。さらにポリメラーゼの間違いと体細胞変異を区別するソフトウェアも開発することで、単一細胞の全ゲノム解析が可能になっている。

結果は予想通りで、DNA修復異常のある患者さんでは突然変異の蓄積が約2倍程度高い。しかし正常人でも年齢とともに突然変異の数は増え、20歳と90歳を比べると3倍多くの変異が見つかる。絶対数でいうと、40−50歳では1000-2000個の突然変異が新たに蓄積する。

この研究が示した重要な点の一つは、場所によって突然変異の蓄積スピードが違うことだ。例えば前頭前皮質では、中年で1000箇所だが、歯状回で2000箇所程度になる。このように増殖しないニューロンでも、場所に応じて変異の数が異なるのは神経活動が場所によって異なることを示しているのだろう。

もう一点面白いのは、増殖時のエラーとして起こるCからTへの変異は20歳以降低下するが、DNA損傷によるTからCへの変異は逆に増加する点だ。また老化の原因として心配されている酸化ストレスによる損傷を示唆するCからAへの変異も見られるが、増加の主原因ではなさそうだ。

話はここまでで、細胞が増殖しなくとも変異は着実にゲノムに積み重なっていくという話だ。一つ気になったのは、2015年6月このブログで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3560)、神経細胞が興奮するとDNAが切断されるという話が全く考慮されていない点だ。著者らはこの仕事をガセネタと考えているのか、あるいは2重鎖切断のあとは今回のアッセーでわからないからか、ちょっと気になる。いずれにせよ、今後頭を使ったほうがいいのか、ボーと過ごしたほうがいいのか、答えが出てくるのはすぐだろう。一細胞ゲノム解析もここまで来たかと感慨が深い。

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